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zoom RSS 朝鮮戦争後の中朝関係 - 沈志華著『最後の天朝』より

<<   作成日時 : 2018/07/23 18:00   >>

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 中朝関係は血の同盟ともいわれるが、実際にはそうとは言えなかった。すでに紹介したように、半ば北朝鮮とソ連に半分騙されるような形で、中国は朝鮮戦争に参戦したのであった。中国側は北朝鮮の戦争指揮状況にも不信感を募らせざるを得ない状況であった。

 1956年2月のソ連第20回党大会でフルシチョフによる反スターリン秘密報告がなされるとスターリン型の指導体制を取っていた各国の共産党に大きな波紋を広げた。北朝鮮は1956年8月、労働党内の対立が激しくなっていた中で、ソ連派と延安(中国)派を粛清し、金日成個人崇拝体制を確立する。これに対し、朝鮮戦争以降、金日成に対する不信感を強めていた中国は、金日成除去の方向に傾いていく。しかし、1956年10月、ハンガリー、ポーランドに対するソ連の介入をきっかけに、各国共産党民主化の動向にブレーキがかかる。中国は、金日成除去の方針を固め、ソ連に、金日成が、ハンガリーのナジ化する可能性を上申したものの、金日成がソ連に対し媚を売っており、ソ連が金日成を問題視していなかったこと、さらにスターリン批判の方向にブレーキがかかっていたことで、金日成の除去に対するソ連の賛成を得ることができなかった。
 1957.6ソ連共産党保守派による「宮廷クーデター」未遂事件が発生するが、いち早く金日成はこの鎮圧を支持、またこれを手本にして金日成は党内反対勢力の粛清を強化した(下, 11-12)。その一方で金日成は中国に対しても友好的なシグナルを出し続けた(13)。この中で中国共産党も金日成に対する態度を改めざるを得なくなり、1957年3月ごろから中国共産党は北朝鮮との関係緩和に動くようになる。1956.8の事件によって中国に亡命してきた元北朝鮮労働幹部に対する待遇も変わり始める(16)。
 1957年夏の中国共産党の反右派闘争で、中国共産党の対北朝鮮態度は完全に転機を迎える。反右派闘争に対する支持を取り付けるために他国共産党の支持を取り付ける必要があったからだ(18-9)。1957年秋には北朝鮮に対する経済協力を決定(20-1)、急速に中朝の関係改善が図られた。1957年秋には、沈志華の推測によれば、中国共産党は1956年に中国が北朝鮮内政干渉を図ったことを謝罪し、また今後内政に干渉するつもりがないことを示すために、中国義勇軍の北朝鮮の撤退を提起したとみられる(26)。また中国に逃れた亡命幹部は、1957年秋には、全員党籍と北朝鮮国籍を剥奪された(29)。また中国は1958年亡命幹部批判を行い、彼らを中国内部に分散させて定住させた(30)。さらに同年、中国義勇軍の一方的撤兵も実行された(35)。これは金日成個人独裁にゴーサインを出すものとなった(39)。この結果1960年までに金日成は反対派を完全に一掃することができた(42)。
 なお、北朝鮮は1957年に第1次五か年計画を出発させようとしたがソ連の異議を受けて一旦、とん挫した。しかし、1958年に中国の支持を受けられるようになると、中国の「大躍進」運動と並ぶように「千里馬」運動を開始した (44-5)。
 中国の「大躍進」運動は社会主義陣営で評判を呼ばなかったが、1959年に金日成が熱烈な支持を表明することにより、毛沢東は金日成の評価を見直した(48-9)。さらに中国も「千里馬」運動支援に、時に中国の大幅な損を覚悟して、本格的に乗り出すこととなった(49-52)。一方、中国からの援助の限界をわきまえた金日成は、ソ連に対してもリップサービスを惜しむことなく、支援を引き出すことに成功した(52-3)。さらに1959年のチベット動乱平定後中国が各国からの批判にさらされ、そして中国内部でも「大躍進」運動に対する批判に対して毛沢東は「反右傾闘争」を展開するが、それに対して支持を惜しまなかったのも北朝鮮であった(59-60)。こうして中朝関係は1回目の蜜月関係のピークを迎えた。
 一方1959年中印国境紛争などをきっかけに中ソのマルクス主義指導の主導権争いが勃発し、中ソ間は最悪の状況となる(60-1)。このため、北朝鮮は中ソ間で支持の取り付け合戦の対象となった。まず、ソ連が北朝鮮からの経済援助に応じる姿勢を見せる。しかし、フルシチョフが1959年に予定した北朝鮮訪問を取り消すと、金日成のソ連に対する不快感は募る(62-4)。そして1960.4フルシチョフが計画した米英仏ソ4か国首脳会談団が取り消されたことを契機に、金日成は毛沢東との接近を図る。1960.5金日成は中国を訪問し、毛沢東に唱和するが、その時は空手形しか得ることができなかった。それを知ったソ連は6月に金日成を招き、中国に対する不信感を植え付けソ連に対する支持を取り付けることに成功する(65-6)。さらにフルシチョフはさらなる経済援助を約束する。
 これに対し中国は9月に朝鮮政府経済代表団を招き、1か月余りの交渉で融資やプラント設備供与等の援助協定を結ぶことになる(68)。
 このような過程の反復で北朝鮮は中ソを両天秤にかけ、双方から莫大な経済援助を引き出した。そして中ソ双方に北朝鮮は自分の側に傾いていると思わせることに成功した(71-2)。
 しかし1961年ソ連が第22回党大会で再びスターリン批判を行うと、金日成は北朝鮮の体制批判につながると猛反発。それに対しソ連は支援停止で応え、ソ朝関係は冷却化した(81)。毛沢東は、その機をすかさず捉え、中国も経済的に苦しい時期であったにもかかわらず、1961-2年にかけて、大幅な中国側の出血をいとわない巨大な経済援助(81-86, 156-8)、さらには長白山(白頭山)周辺の領土に関しても北朝鮮に大幅に譲歩し、今まで完全に中国領であった白頭山最高峰を中朝で分割するとともに、山頂火口湖である天池も半分割譲するという、きわめて大きな譲歩を行うことになる(136-144)。また、もし有事が発生した場合は東北の防衛指揮も金日成に任せるというような発言まで飛び出る状態であった(151)。

 とはいえ、北朝鮮は口ではモスクワに不満を言いつつも水面下ではモスクワとの関係維持に苦心していた(165)。そしてついに1964年10月のクーデターでフルシチョフが失脚すると、北朝鮮はソ連に関係改善のサインを送り、1965年2月のコスイギン朝鮮訪問で、ソ朝の友好関係が復活した(166-7)。

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 結局、中国の出血大サービスの効果も5年程度しか効果が続かなかったことになる。

 このように金日成時代、北朝鮮のこの間の戦略は、中ソの対立を利用し、うまく立ち回って漁夫の利を得る、という戦略で一貫してきた。1960年代までは韓国よりも北朝鮮のほうが経済的な力は上とされていたが、そのベースは、一つは日本植民地時代に、朝鮮半島北部に重化学工業や自然資源採掘のためのインフラが構築されていたこと、そして1950年代末から70年代初めにかけての中ソ対立を利用した中国やソ連からの巨額の援助引き出しの二つの要素があった、と考えらえるのではないか。

 今日、国際情勢は大きく変わっている。中国と韓国は国交を樹立し経済的にも大きく結びついている。貿易量も北朝鮮との貿易量をはるかにしのぐであろう。ソ連は崩壊し、イデオロギー的な同盟関係は失われた。中国は名目上は共産主義を放棄していないことになっているが、実質資本主義となっている。そして今や北朝鮮が考慮すべき主要なプレイヤーは、6か国協議体制を鑑みると、ソ連と中国の2か国から、中露米韓日の五か国に増えているといえる。
 ただ、金正恩が若き日の金日成を髣髴する容貌をショーアップしているのを見ると、やはり金日成時代の戦略から学ぼうとする可能性は高いのではないのか。となると、他の五か国をうまく分断、対立させて、そこから最大限のレバレッジ効果、すなわち漁夫の利を引き出そう、という作戦に出ることは容易に想像される。
 また、中国に関して言えば、一時は金日成の除去まで考えていたにもかかわらず、国際情勢が変転すれば、徹底して金正日の歓心を引き出そうと大幅な譲歩まで行ってしまう、という事実が明らかになった。これも中国の代理人だった張成沢を処刑した金正恩政権と中国との関係が悪化していたにもかかわらず、電撃的な関係修復が行われたのを彷彿させる。今までの歴史を考慮すると、ひょっとするとこれは米トランプ政権と中国との間で勃発した貿易戦争の副産物かもしれない。

 北朝鮮に大国を振り回すレバレッジ効果を獲得させないためには、五か国がきちんと連携しあうことしかないが、トランプ政権になってそのような対応は極めて難しくなった。そういう意味では北朝鮮にとってトランプはオバマよりはるかに与しやすい相手ではないだろうか。またそもそも日本政府であっても中国や韓国としっかり連携して対処しようという姿勢は見られない。そもそも日本は当事者としてこの問題にしっかり取り組もうという意思もないのではないか。

 また、私が仮に金正恩であれば、日本とは直接交渉せず、トランプを通して日本から金を出させる。つまり日本をトランプのATM化するのだ。そのほうが日本と直接交渉するよりもはるかに得るものが多く、日本も素直に金を出すだろう。






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