『白日焔火 (邦題: 薄氷の殺人)』- ディアオ・イーナン監督のベルリン国際映画祭金熊賞受賞作

画像 中国映画初のベルリン映画祭金熊賞と俳優賞のダブル受賞した作品。監督は、以前当ブログで『夜車』を紹介したディアオ・イーナン。原題は「白日の花火」の意味。

 舞台は黒竜江省。1999年、刑事、張自力 (廖凡) が妻、蘇麗娟 (倪景陽)と離婚した直後に、バラバラ殺人事件が発生する。各地の製炭工場から、バラバラになった遺体の一部が発見されたのだ。だがまもなく被害者の身元が明らかになる。製炭工場の計量オペレーター、梁志軍 (王学兵) であった。張自力は梁の工場の同僚にも会い、未亡人でクリーニング店店員、呉志貞 (桂綸鎂) にも聞き取りに行くが、静かな男で恨まれるような男ではないという証言ばかりで捜査は難航する。一方、警察に威信が掛かっているから、何としても解決しろとの圧力も掛かってくる
 そんな中、遺体の複数を運んだはずだと思われるトラックが特定され、そのトラックを運転していた兄弟が特定される。張らの捜査チームは兄弟に事情を聞きに向かうが、警察だと分かった瞬間、彼らは逃亡を図る。慌てて彼らを取り押さえるが、彼らは従で反撃し、同僚二人が殺され、張も兄弟の一人を射殺、一人に重傷を負わせる。画像
 時は流れ2004年。事件は未解決のまま残り、張は刑事から工場の警備担当に左遷されていた。妻とは別れ、刑事も辞めさせられプライドもずたずたになった張は酒に溺れ、職場へは遅刻の毎日。そんな中、張はたまたま街で車の中で張り込み中であった元同僚、王刑事 (余皑磊) に会う。彼と話してみると、ここのところ2件発生した未解決の殺人事件の捜査を担当しているという。被害者の男たちは、実は一つの接点があった。それはいずれもある一人の女と関わりがあった。その女とは、他ならない、あの5年前の殺人事件の被害者の妻であった、呉志貞であった。もし5年前の被害者の梁も含めると、彼女は三人の男の殺人事件に関連があることになる。
 空しい日々を過ごしていた張は、おとり役を買って出て、彼女のクリーニング店にコートを預け、彼女への接近を図る。さらに彼女の足取りを追って尾行をしていると、彼以外にもう一人の男が彼女を尾行しているのに気付いた...

 本年2月に本作がベルリン国際映画祭で賞を取るまでディアオ・イーナン監督が日本で紹介されることはほとんどなかった。
 従って受賞時点で、一部報道で娯楽サスペンス映画がベルリンで最高賞を取るなんて意外、というような反応があった時、単なる日本の映画ジャーナリズムの不勉強のせいではないかと思っていたが、やはり...
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 前作の『夜車』(一部インターネット情報ではこの作品の原題を『夜行列車』としているが、フランス版DVDを見る限りは明らかに原題は『夜車』)では、人を失う喪失感と孤独の深い描写が印象的であったが、本作では、その孤独の描写が人の心の移ろいやすさと絡まってさらに深化している。確かにサスペンス映画の体裁を取ってはいるが、そこに本作の本質がある訳ではない。さらに言えば、この映画に描かれた真相さえ、穿った見方をすれば実は映画の結末に描かれたとおりではない可能性がある。そして、おそらくは意図的につけたちぐはぐなラストの音楽。多様な読み込みを可能にする、極めて底の深いアート映画である。

 本作品のもっとも象徴的なシーンとして私が挙げたいのは、1999年から2004年に移行するシーン。道路の脇にバイクを止めて酒に酔って倒れている主人公、張自力。そこに原付に乗った男が通りがかって、心配してUターンをして、張を介抱しようとして「どうした」と声を掛けるが、張は「なんでもない」と言い放って振り払う。すると通りがかった男は、自分の原付を置いて、代わりに張の高そうなバイクを乗り逃げしてしまう。親切そうな男は、親切を振り払ったとたん、悪意の持ち主に一瞬で転化してしまう。なんてまぁ、中国人は... と思われるかも知れないが、本作には、実は善意一転悪意、好意一転反発、諦め一転執着、感謝一転嫌悪と、人の心の揺らぎ、移ろいやすさをこれでもかこれでもかと、叩き付けるように描写が連続する。
 冒頭シーンからしてそうだ。張自力は妻とセックスをする。だが、実はそれは彼らが離婚する前に、その名残としてしたのであるが、いざ分かれる際になって張は、妻とのセックスの体験から再びやり直す可能性があるのではないかと思い至り、分かれないでくれとすがりつく。だが妻は「放せ、きちがい!」と言い捨てて、振り返りもせずに列車に乗り込んでいく。
 刑事、張の、クリーニング店員、呉志貞への気持ちもそうである。明らかに張は、寂しさを埋める対象として、呉に好意を持ちつつも、一方容疑者として疑いもする。その張の呉への両義的な思いは、ほんの些細な状況次第で180度振り子のように揺れる。だが、それは呉志貞の夫、梁志軍への思いも、そして刑事、張への思いも同様だ。そして張の対応によって呉の気持ちもそのたびに180度変わっていく。
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 本作品に描かれる人の気持ち、思いは、すべてが移ろいやすく、何一つ確かな気持ちなどない。人生とはそんなものであり、だからこそ人間は孤独であり、孤独にならざるを得ないのだ... そんなメッセージが伝わってくるかのようだ。

 だからこそ、映画の最後に描かれる「真相」も、実はその通りに受け取るべきでなく、全くの嘘である可能性もあるのだ。あたかもキューによって突かれるビリヤード球のように括弧付きの「真相」も状況次第で変わっていく... あるいは光跡の分からない白日の花火のように、と言うべきなのか。そして、最後に白日の花火を闇雲に打ち上げたのは誰なのか... それらはすべて観客に任されている。たぶんそのあたりの想像力の持ちようで、この映画の評価は変わるだろう。

 また人民を裁く側 (本作品では警察、前作品では拘置所職員) と裁かれる側の配偶者との関係を描く、という設定も『夜車』と共通している。権力側に立つ人物と、権力を行使される側に立つ人物との間の、感情的関係を描くという設定は、そこに監督の何らかの権力批判の意図、もしくは権力関係の矛盾の指摘の意図があるものと考えられる。

 多くのサスペンスドラマは、最後に事件が解決し、ハッピーエンディングの音楽が流れる。だが、本作品で流れる妙に明るい音楽は、音無しで始まったオープニングと比較すると明らかにちぐはぐである。だが、そのちぐはぐさこそ、単純にストーリーをストーリー通り受け取ってはいけないと示唆するために、敢えて選択されたちぐはぐさなのではないかと、穿った見方をしたくなるのである。

 本作は、中国での封切りは2014.3.21、香港は2014.3.27。2015.1.10より国内一般劇場公開が予定されている。尚中国本土公開版は、国際版より大幅にカットされているらしい。
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 また、ディアオ・イーナン監督の略歴は、当ブログ『夜車』の映画評を参照。

原題『白日焔火』英題『Black Coal, Thin Ice』監督:刁亦男
2013年 中国映画 カラー 1:1.85 110分(香港版DVDランニングタイム)

国内公式サイト
http://www.thin-ice-murder.com/

『夜車 (夜行列車)』映画評
http://yohnishi.at.webry.info/200906/article_3.html

海外版ビデオ情報
[香港版DVD]
発行: 安楽影片 販売:安楽影視 画面: Anamorphic 1:1.85 PAL 音声: Dolby5.1 中国語 本編:110分 リージョン3
字幕: 中[繁]/英 2014年 8月発行 

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