『ハポン』 - 自殺を決意した男の心の彷徨を描く

画像 スペイン語で「日本」と名づけられたこの作品は、日本とは何の連関もない。都会で疲れ果て、孤独に陥って自殺を決意した男が、メキシコの田舎にやってくるが、そこで再び生きる力を取り戻していくというお話。メキシコの映画監督、カルロス・レイガダスのデビュー作品。

 ある男(Alejandro Ferritis)がメキシコシティから地方にある大渓谷にやってくる。彼はその渓谷の下にある村に行きたいのだという。全く交通手段のないその村へ行くのに、途中の村まで車で送ってもらい、そこからは歩いていくしかない。渓谷の上の村にある肉屋の主人は、親戚もないのにその村に行こうとするその男に、自殺の影を読み取ったが、そんなことは関係ない、途中の村まで行く用があるから乗せて行ってやると言って、男を乗せてやる。
 その日はその村の旅館に泊まり、翌朝、サボテンの生える乾燥した谷の険しい道を歩いて下っていく。途中で一軒のあばら家が見え、そこに老女が一人暮らしているのが見える。渓谷の下の村に着くと、そこには川が流れ、青々とした畑が広がる村があった。
 どこかに泊まりたいと男が村人に尋ねると、その村には旅館がないと、判事(Rolando Hernandez)の家に連れて行かれる。判事は、村はずれの老女が一人住んでいる家が良いだろうと、男を別の村人の案内でその家に連れて行かせる。その家は、来る途中、谷の中途にあったあのあばら家だった。
 老女はアセン(Magdalena Flores)という。本来の名は、アセンション(キリストの昇天)だが、省略してそう呼ばれるのだという。老女は夫に先立たれ一人で暮らしていた。そして水が不便でも構わないなら泊めても良いといい、男を納屋に案内する。
 男は、その家に滞在中、何度も自殺を試みるが失敗する。やがて、その老女の甲斐甲斐しく男を世話する姿、そして周りの環境の何もかもを受け入れてけなげに生きる姿に、彼は自分の中に生きようとする力が再びわいてくるのを感じる。しかし、そんなある日...

 映画は、音響はリアルで生々しいにもかかわらず、映像は粒状性のはっきりした荒れた画面。16mmを35mmにブローアップしている作品だが、粒状性はブローアップのためだけではなく、おそらく意図的に露光不足で撮って増感しているものと思われる。そのため、粒状性の強い諧調の飛んだ幻想的な映像となっている。補助照明もほとんど使われていないようだ。そしてタルコフスキーばりの長回しを多用し、映像から極力意図的なシーンの切り取りを極力避けている。そして画面比は通常のシネスコより細長い(IMDBデータによると1:2.66)。
 この作品では、おそらくストーリー自体はあまり重要ではない。主人公の男はおよそ宗教的ではなく、マリファナも吸う。だが、映画の中にはキリスト教的な、あるいはそういうよりは生と死に関する、黙示的なイメージ、アイコンにあふれている。老女の名前はキリストの昇天を示唆するし、映画の最初に男が立ち寄る肉屋では屠殺される豚の悲鳴が聞こえる。さらに自殺を試みる男。そして村での子供たちの生き生きした姿。美しい自然や鳥たちの鳴き声。
 そんな、生と死のイメージの極端な交錯の中で、男は生きる力を取り戻していくとともに、一方生命力あふれる存在であったものが、突然の死を迎える。それらのイメージをブリテンやペルトの荘厳な、宗教的な音楽で締められる。
 生々しい、ハイフィディリティの響が、荒れた画像に寄り添うように、生と死のイメージも交錯する、黙示的な作品。

 タルコフスキーやタル・ベーラが好きな方に勧めたい作品。

 なお、本作品は多くの批評家から激賞されたものの、上映は限られている。2002年にはカンヌ国際映画祭、カメラドール、特別言及賞、またThe Moving Arts Film Journalにて、100本の偉大な映画の100番目に位置づけられた。その一方で本作への賛否は交錯し、イギリスの映画等級審議委員会では、イギリスでの上映に当たり、動物虐待があったとして、一部のシーンの削除が求められた。このため、各種のバージョンが存在し、IMDBのデータによれば、130分版が標準とされながらも、オランダ版が143分、イギリス版が133分、アメリカにはUnrated版128分、Rated版122分などとなっている。(以上Wikipedia英語版およびimdbの情報を元に執筆)
 国内では、2009年東京国際映画祭のレイガダス特集上映で上映された。

 因みに、日本と全く関係のない本作品を、レイガダスはなぜ「ハポン=日本」と名付けたのだろうか。ある記事によると1) 彼自身は次のように述べているそうだ。「町に出て人々に日本から連想する五語を挙げさせてご覧。そのうち80%は『切腹(ハラキリ)』『敬意』『侍(サムライ)』といった言葉を選ぶと確信している。さらに日本は毎日最初に日が出づる国でもある。つまり更新の場所なのだ。この映画はそういった物事に関する作品だ。」だが、この記事は、こうも述べている。この作品の厳しく悲劇的な結末と、日本が受けた20世紀有数の悪夢であるヒロシマ、ナガサキのイメージと全く関係がないとは言えないのではないかと。

 監督のカルロス・レイガダスは1971年メキシコ・シティ生まれ。1987年にタルコフスキーの映画を見てから、映画に情熱を持つようになり、メキシコの大学で法律を学ぶ。その後軍事紛争解決についてロンドンで学び、国連職員になる。
 1997年、短編映画『Maxhuman』を撮り、ベルギーの短編映画祭に出品。さらに、1999年より本作のシナリオを書き始める。本作はロッテルダム、カンヌ等に出品され、カンヌでカメラドールを受賞。2004年には『Sangre』をプロデュース。カンヌのある視点部門で受賞。2005年には『Batalla en el Cielo(天国のバトル)』を撮り各地の映画祭に出品。2007年に撮った『Silent Light(静かな光)』で、カンヌの審査員特別賞受賞。マーチン・スコセッシに激賞される。2009年には映画『El árbol (樹木)』のプロデュース&編集、さらに『Post Tenebras Lux (闇のあとの光)』で2012年カンヌ映画祭最優秀監督賞受賞。生々しい死やセックスのイメージを扱うことが多く、Amazonなどの映画評を見ると、今まで見た最悪の映画という評が出ていることもあり、その好き嫌いは人によって大きく分かれる傾向にある。 (以上Wikipedia英語版およびimdbの情報を元に執筆)

1) Dennis Grunesのweb記事による http://grunes.wordpress.com/2007/02/06/japon-carlos-reygadas-2002/

原題『Japón』英題『Japan』監督: Carlos Reygadas
2002 メキシコ映画 カラー 130分(IMDBデータ)

DVD(UK盤) 
発行・発売:Artificial Eyes 画面: PAL/16:9(1:2.66) 音声: Dolby2 西語 本編:122分 
リージョンALL 字幕: 英(On/Of可) 片面二層 発行年2003年7月 Amazon.Uk価格 £ 8.25


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