『セデック・バレ』 - 新台湾ナショナリズムを象徴する大ヒット映画 (3)

画像 基本的には本映画のストーリーは、1930年に植民地化台湾中部で起こった、台湾先住民・セデック族による大規模な抗日蜂起事件を描いた邱若龍のマンガ『霧社事件』(1990年,時報出版,邦訳: 江 淑秀・柳本通彦訳,1993,『霧社事件 - 台湾先住民、日本軍への魂の闘い』,現代書館、なお原著は台湾では映画公開に併せて『漫画・巴萊』と改題され、遠流出版より再刊行されている。)に沿っている。元々魏徳聖(ウェイ・ドーション)監督がたまたまこのマンガを手にとって、台湾にこんな歴史があったんだと興奮、是非本作を映画化したいと思い、2003年、資金獲得のためのデモンストレーションとして『セデック・バレ』5分長のデモバージョンを製作した。しかし、当時は監督は無名の上、台湾国産映画自体にほとんど人気がなかったため、莫大の製作資金が必要と思われる本作に到底投資が望める状況ではなく、資金獲得に失敗。
 やむを得ず資金獲得のための一時しのぎとして新聞局の補助金を得て2008年『海角7号』を製作。これが台湾で大ヒットし、台湾映画はつまらない、当たらないという台湾映画市場の常識&環境を変えたことで、再度『セデック・バレ』制作資金獲得に向けて奔走、ようやくクランク・インにこぎ着けたという、監督執念の作品。それでも製作中に相当資金不足に悩まされたようで、セット製作は度々中断、スケジュールは大幅に遅れ、一部は断念した撮影もあったようだ1) 。

 もともと邱若龍の『霧社事件』も、単なる作者の創作ではなく、先住民のインタビューを積み重ねと、当時の台湾総督府の霧社事件討伐報告書等諸資料の読み込みによって描かれた作品であり、このマンガや映画に描かれた出来事は、かなり細かいエピソードまで、これら資料や先住民の証言に基づいている。
 事実に基づいた映画作品といっても例えば韓国映画の場合かなり大幅に事実を改変して脚色されていることが普通であるが、本作の場合は可能な限り諸資料や証言に基づいて製作しようという姿勢が一貫しており、本作が第1部144分、第2部132分と非常に長くなってしまったのも、おそらく監督が本作を霧社事件の忠実な再現記録として残したいという意図に基づくものと思われる。従って「歴史史料」ではなく「映画」を見たいという方は、154分の「国際版」を見るのが妥当だろう。画像

 中国語(北京語)はもちろんのこと台湾語(閩南語)さえもほとんど出てこず、大半がセデック語と日本語で展開される本作品が台湾で大ヒットした理由は、もちろん今まで台湾の人々にとっても知られざる歴史に焦点を当てたという点もあるし、映画の出来もあるだろうが、何よりも、新・台湾ナショナリズムを探求しようという最近の台湾の国民感情に、本作がまさにぴったり合致した結果だと言えると思う。

 知る人には知られているが、台湾の植民地からの「解放」は、植民地時代から住んでいる人々(「本省人」、ちなみに戦後大陸から渡ってきた国民党関係者をそれに対して「外省人」と呼ぶ)にとって、日本人に続く第二の植民地支配というべきものに他ならず、希望は大きく失望へと転換した。外省人によって本省人は中華民族の裏切り者と指弾され、日本人の残した資産はもちろんのこと、本省人の資産さえも外省人によって好き勝手に徴発され、本省人の外省人に対する恨みは深いものがあった2) 。さらに2.28事件により、本省人の知識人・指導者層の大半が投獄・殺された結果、本省人を精神的に率いる指導層がいなくなった。そして、元々本省人と外省人は言語が異なり、言葉が通じないことと相まって、本省人は外省人に対して文化的に二流の層と位置づけられ、自尊心を剥奪された3) 。
 この結果本省人の一部に、奪われた自尊心や否定されたアイデンティティの代償として、精神的アイデンティティを旧植民者である日本に求める動きがあった4) 。これが今日日本の右翼が主張する「台湾の人たちは日本の植民地支配を肯定している」という主張につながるのである。

 しかし台湾の植民地「解放」65年を越え、軍閥政治から民主政治への転換が行われ、長栄グループのような本省人の持つ財閥の形成や、本省人と外省人の通婚も進んだ。その総仕上げが、本省人である李登輝が国民党のトップに立ったことで一気に政治の「台湾化」を進めたことであろう。李登輝自身は上で述べたような本省人意識を維持しながらも、獅子身中の虫となって「敵」である国民党の中で力をつけついにはトップに上り詰めることで、大きく台湾の政治環境を換骨奪胎するという曲芸をやってのけた。
 だがそのことは逆説的に、本省人の持つ外省人に対する劣等感を大幅に減じ、ひいては彼らが代償アイデンティティとして日本を求める必要性をも減らしたと私は考える。それは同時に、本省人・外省人の対立を越え、かつ「中華民族」(=中国本土)に回収されない新・台湾アイデンティティやナショナリズムのシンボル探求の動きにつながっている。

 その動きの一つは本省人・漢民族の中の少数派、客家人の歴史再発見の動きであり5) 、もう一方は原住民の再評価である。この後者に連なる動きとして、漢民族に同化していた平埔族の先住民としての民族再認定の動きや、セデック族等の独立民族認定の動き6) 、さらには先住民をテーマとした映画が多数制作されるようになった動きであろう7) 。二流国民とされていた先住民がむしろポジティブな価値観をまとうようになったのである。本作品はまさにこのような動きにまさに的中した作品と言えよう。
 また、そうであるからこそ台湾でいくらヒットしたからといって、中国本土や香港で理解される訳ではないということも自明なことである。おそらく台湾の次に、本作品を何らかの意味で受け止められるのは(それがネガティブであれポジティブであれ)日本であることは間違いない。
画像
 考えてみれば魏徳聖監督の前作『海角七号』も新・台湾アイデンティティを探る作品だったと言えるかも知れない。あの登場人物のメインは台湾語を母語とする漢民族系本省人(ホーロー人)であったが、客家人、外省人、先住民(パイワン人)、そしてかつての植民地支配を象徴する存在として、および現在文化的影響力を与える存在としての日本人が登場し、多民族社会としての台湾を描いていた。多民族&文化のメルティングポットとして台湾が定義されていたと言えよう8) 。そういう意味では魏徳聖監督は全くぶれていない9) 。監督は前作では「親日的」だったのに、なぜ今作は「反日的」なのか、というような感想は日本人の勝手な思い入れに過ぎない。

 ただ、原作のマンガよりも、本作品の方が「反日」表現は相当手加減されていると言える。原作では、「良い」日本人は一人も登場しない。だが、映画では小島源治のように、日本人の中にも「良い」人がいたことが描かれている10) 。
 また例えば、原作では、日本当局は先住民慰撫のため警察官と先住民女性との政略「結婚」をさせたが、日本の警官は結婚とは名ばかりで先住民の妻をせいのはけ口として扱い、さんざん利用したあげくに、捨てたり、水商売や売春宿に売りつけるケースが後を絶たなかったという指摘がなされているが11) 、映画では省略されている。
 その代わりに映画は、当初は先住民を野蛮人、野獣呼ばわりしていた討伐隊長の鎌田少将をして、最期は先住民たちの見事な日本人に通じる闘いぶりにふれて、彼らに日本人と同じ武士道精神が流れていると感服せしめている。この場面は原作にはない。つまり映画は先住民(セデック族)版「硫黄島からの手紙」とでもいうべき構成となっているのだ12) 。画像
 そして、本作品にそのような描写があることは、新・台湾アイデンティティに、セデック族が持つ精神性(そしてそれは日本人のそれと共通するものである)を受け継いでいくべきとの監督のメッセージとも取れる。そういった意味では本作品は決して「反日」映画ではない。また単純に、「敵蕃」となった霧社蕃(トゥクダヤ群)を抗日の英雄、「味方蕃」となったタウツァを売国奴というような国民党史観に沿った描き方をしていない点でもそのことは裏付けられる。
 しかし、そうだからといって当然日本の植民地支配を肯定するものではない。日本の右翼の言説に「植民地を近代化してやったのだから植民地支配をありがたく思え」というものがあるが(そして映画の中では同趣旨の台詞を木村祐一扮する、のちに首を刈られてしまう佐塚警官にしゃべらせている)、明らかに本作品のメッセージは「太った豚より、痩せたソクラテス」を是とするものであって、日本右翼のメッセージ=「太った豚にしてやってありがたいと思え」を否定するものであることは明らかである(もっとも日本の右翼にいわせればそもそもが「痩せたソクラテス」ではなく、「痩せた豚=所詮野蛮人」ではないか、ということになるかもしれないが、それは新・台湾ナショナリズムからすればまさに当時の日本人とは何ら変わることのない「反台」的認識となろう)13)。
 
画像 日本におもねることなく、日本に都合の悪い事実を少しでも指摘するのが「反日」であるとすれば、本作品は紛れもなく「反日」映画である。そしてそのことは、新・台湾アイデンティティやナショナリズムが探求される、民主化の進んだ今後の台湾において「台湾の人たち(少なくとも本省人)は、植民地支配をありがたく思っている」などという無神経な言説を許さなくなるであろうということも予兆していると言えよう。ただ既に述べたように本作を「反日」か「親日」か分類しようという発想自体が日本人の勝手な思い込みであり(制作側のリップサービスとしての「これは反日映画ではない」という発言はあり得ようが)、本映画の本質とは全く関係ないことである。

 要は、彼らの姿勢とは、過去の歴史を、それが例えネガティヴなものであっても目を背けるのではなく、現在の台湾を形作るのに不可欠な要素として直視し受容していく(それが戦前の日本の植民地支配であれ、戦後の外省人支配であれ)、というものであろう。しかし、それは必ずしも過去の日本の植民地支配(そして、あるいは戦後の外省人支配)を全面的に肯定することを意味しない、ということなのだと思う。

 また、新・台湾アイデンティティやナショナリズムを形作る映画作品が、その当事者にとってほとんどなじみのない言語で展開されるところに、今日の台湾アイデンティティやナショナリズム問題の複雑さ、屈折が現れている。それは台湾が、中華思想や日本という代替アイデンティティを脱した、非中華思想によるナショナリズム構築(あるいは、中国人ではない、台湾人アイデンティティ)を求めている状況ということであろう。その動きはもはや国民党も否定することはできない。
 だが、それは決して悪いことではないように、筆者には思われる。ひょっとすると台湾はカルフォルニアをしのぐ世界で類を見ないような文化多様性を寛容する社会を作り上げる、そんな可能性をも示唆しているように思われるのである。そしてそれは台湾社会の強みになっていくのではないだろうか?

 ともあれ本作品を作りたいがために、自ら台湾映画を巡る市場環境を大きく変革してまで本作を作りきった魏徳聖の努力と執念に拍手を送りたいと思う。

 なお、映画の誤りを指摘しておくと、小島巡査の実際の勤務地はトンバラ駐在所ではなく、タウツァ駐在所14)。これは「味方蕃」のテム・ワリスが頭目であったトンバラ(トンバラハ)社の所在地が、トンバラ駐在所の近所だという誤解から来るものだが、実際にはトンバラ駐在所から離れたタウツァ駐在所の前にあった15)。

 また映画では、小島巡査の家族は事件で惨殺されたと描かれているが、モーナ・ルダオの妹テワスと日本人近藤儀三郎との間に生まれたアミンの証言に基づくという、於保忠彦,1991,『実録 大酋長モーナの闘い』,芸文堂,pp. 146-151における記述では、アミンならびに小島家が子守に頼んでいた先住民の女性たちの手引きにより、小島マツノならびに子供たちは、次男一人を除いて無事だったと書かれている。同書によればモーナ・ルダオは小島一家と、彼がマッサージで世話になっていた志柿公医は殺さないように指示を出していたという(但し、志柿の命は救えなかった)。於保氏は、さらに小島源治氏から聞き取りをしたり、このとき助かった息子の義夫氏から資料提供を受けたりしているようなので、小島源治家族が生き残ったのは事実と思われる。

 本作は、台湾では2011年9月9日(第1部)、9月30日(第2部)封切り。同年12月9日までに8.8億NT$を売り上げた(Wikipedia 中国語版記述より)。そしてもちろん2011年の台湾金馬獎では最優秀作品賞ほか5部門で最多受賞となっている。国内では2012年大阪アジアン映画祭にて上映され、観客賞を受賞しているが、今のところ国内一般劇場公開の予定はリリースされていない。
 このほか香港、中国、アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、スイス等で上映済みもしくは、上映権が売れている。

 なお、本作の台湾盤Blu-rayディスクは、2部構成の本編、特典盤、国際版の3枚組。なお、台湾盤よりは香港盤Blu-rayが第1部、第2部別売かつ特典盤、国際版を含まないが、トータルでは安価。また8月には Well Go Asiaより1,2部を含んだ一枚組のBlu-ray US盤が出る予定なので、国際版&中国語字幕が必要ない方はそちらが安価で良いだろう。なお、こちらは紛らわしいが 4 1/2 Hour International Versionがオリジナルの2部構成、そして何もない方が台湾盤でいうところの「国際版」と思われる。
 またDVDもBlu-rayに遅れて、台湾、香港で出ており、アメリカでもリリース予定。もちろんいずれも日本語字幕はない。

 なお、台湾盤Blu-rayでは、人止ノ関での戦いや姉妹ヶ原の戦いに関しては、字幕による注釈がなく(もちろんモーナ・ルダオの若いときの話ということは分かるが)、その歴史的位置づけなどが分かりにくい。このあたり大阪アジアン映画祭の上映版では日本語字幕による注釈があったのかがちょっと気になる。


セデック・バレ関連地図

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※参考資料: 『日治時期五万分之一 台湾地形圖新解』,2007,上河文化(台湾)
     柳本道彦, 1996,『台湾・霧社に生きる』,現代書館
     ピホワリス, 1988,『霧社緋桜の狂い咲き』,教文社
     邱若龍, 1993, 『霧社事件』,現代書館
※○のついた社(集落)は霧社事件蜂起集落、赤字はセデック/タイヤル族中霧社蕃と対立or不仲だった集落。緑字はブヌン族集落。
※ x は警察駐在所


1) 台湾版Blu-ray収録の付加映像による。
2) そのあたりを描いた映画作品として、侯孝賢監督『悲情城市』(1989)などがある。
3) 例えば、何義麟, 2003,『二・二八事件―「台湾人」形成のエスノポリティクス』東京大学出版会 参照。外省人は中国語(北京語)、それに対して本省人は、閩南語母語グループ、客家語母語グループ、先住民各語母語グループがあり、その共通公用語が日本語だったため、両者は元々言葉が通じず、ただでさえ本省人は文化的に疎外感を感じざるをえない状況であった。
4) これを描いた映画作品として、呉念眞監督『多桑』(1994年)がある。なお、監督の呉念眞自身は本作品の英語タイトルを『A Borrowed Life (借り物の人生)』と名付けたように、日本に代償アイデンティティを求めようとする父親を、必ずしも肯定的に見ているわけではなく、むしろ哀れな存在として描いている。
5) そのような動きを象徴する映画作品として、例えば、洪智育監督『一八九五乙未』(2008年)、黄玉珊監督『插天山之歌』(2006年)がある。
6) これに関連する動きとして、2001年にサオ族、2002年クバラン族、2004年タロコ族、2007年サキザヤ族、2008年セデック族の先住民独立民族認定がある。出典 Wikipedia日本語版「台湾原住民」(2012.7.7閲覧)
7) とりあえず当ブログで取り上げたものだけでも、『心靈之歌』(2005年、ブヌン族)、『等待飛魚(飛び魚を待ちながら)』(2005年、タオ族)、『山豬 飛鼠 撒可努(賢き狩人)』(2005年、パイワン族)、『人之島 (Pongso No Tao)』(2008年、タオ族)などがある。
8) これと全く同じ視角を持った作品に、張作驥監督の『胡蝶』(2007年)が挙げられよう。こちらではアイデンティティを掴めないタオ族と漢族の混血児兄弟が、二人を捨てて日本に逃亡し日本人を自認するヤクザとなった父親との関係をこじらしていくという悲劇として描かれている。
9) そもそも、『海角七号』は『セデック・バレ』を作るための資金稼ぎとして作られた作品である。また『海角七号』に多くの日本語の台詞を登場させたのも、ほぼ全編、監督にとって外国語である本作を演出する練習台としての意味があったのかも知れない。
10) もっとも小島源治は「味方蕃」であったタウツァ蕃に、頭目のテモ・ワリスの仇を取るようにそそのかして、収容所に収容されていた蜂起した「敵蕃」を襲わせている(第二次霧社事件)ので、果たして本当に「良い」日本人だったのか疑問にもたれる人もあろう。ただ蜂起したホーゴ社の出身でこの事件で生き残ったヒポワリス(当時小学生の子ども)によれば、小島巡査は、味方蕃に首を刈られそうになった彼の命を救ってくれた。またヒポワリスが戦後になって日本に行き、宮城県蔵王で小島源治に再会したときに、「上司の指示で仕方なくやったことだ」と涙ながらに釈明したそうである(ピホワリス(加藤実編訳),1988,『霧社緋桜の狂い咲き』,教文館, pp. 213, 225-6 )。
11) 邱若龍, 1990=93, (訳書) p86-7(文中の引用イラスト参照)。またピホワリス, 1988,p.13以下にも同様の記述があり、さらに日本人警官下山治平とマレッパ蕃頭目の娘ペッコ・タウレの孫が著した、下山操子(林美砂)[柳本通彦編訳], 1999,『故国はるか - 台湾霧社に残された日本人』,草風館, pp. 13-14では、台湾総督府の「理蕃5カ年計画」の中に「政略結婚」が提起されており、日本人警官と先住民女性の結婚を推進するとともに、3年たったら夫は死亡または失踪したということにして、女性を捨てて日本に帰っても良いとしていた、と証言している。下山治平は霧社近傍における政略結婚第一号であり、のちにペッコ・タウレとその子供たちである下山一、宏らを捨て、日本に帰国している。
 またモーナ・ルダオの妹テワス・ルーダオはやはり同様に日本人に政略結婚で嫁がされた挙句、捨てられ霧社に戻っていた。このテワスと佐塚の妻で霧社蕃と対立していた白狗蕃出身のヤワイ・タイモとの確執も指摘されている(ピホワリス,1988,pp.36-7、および中村ふじゑ,2000, pp. 95-6)。
 邱若龍にこのように描かれても仕方のない事態は存在したのである。
12) 『硫黄島からの手紙』でクリント・イーストウッドは、日本人は狂気に駆られた野蛮人なのではなく、やはり我々(アメリカ人)と同じく、合理的精神を持って戦った同じ人間として日本人を描いている。この点に関して詳細は拙ブログ記事「読み損なわれる『硫黄島からの手紙』イーストウッド硫黄島戦争映画2部作」http://yohnishi.at.webry.info/201108/article_8.html を参照。ただ、本作を台湾版『硫黄島からの手紙』だと考えれば、問題は『硫黄島からの手紙』はアメリカ人の手によって作られたが、『セデック・バレ』を日本人は作れなかった(美術を担当したり俳優は出演したが)という点であろう。それはピホワリスではないが、根本的な日本人の度量の狭さを示しているものと言える。
13) そもそも台湾先住民自身は、国民党統治よりも日本統治を評価しているかどうかは疑問である。例えばピホワリスは、「蕃人」と日本人で差別をつけていた日本の教育制度を批判し、先住民と漢人の差別をしなかった国民党の教育政策を高く評価し、日本人は異民族を統治する度量がなかったと述べている(ピホワリス, 1988, p76-7 およびpp. 165-170)。
14) ピホワリス, 1988, p183他参照。なお、映画の中では「トンバラ駐在所」という文字ははっきり見えないが、映画製作社が提供する登場人物一覧、ならびに花蓮からの警察討伐隊が霧社に向かう途中で立ち寄っているので、設定が間違っていることは明らか。
15) 邱若龍, 1990=1993, p25に掲載されている当時の蕃地地形図の複写を見ると、トンバラ(トンバラハ)社の位置は明らか。但しそこに貼り付けられている写植の「トンバラ社」という文字の位置は間違っている。

原題『賽德克·巴萊』英題『Warriors of the Rainbow: Seediq Bale』監督: 魏徳聖
2011年 台湾映画 カラー 第一部太陽旗 144分/第二部彩虹橋 132分/国際版 154分

DVD(台湾版)情報
発行: 中芸国際 販売: 得利影視(台湾) 画面: HD1080p/16:9(1:2.35) 音声: DTS-HD5.1 セデック・日本語 本編: オリジナル144+132分 国際 154分
リージョンALL 字幕: 中/英 片面二層(オリジナル,特典,国際盤を含む3枚組) 2012年4月発行 希望価格NT$1550

前回記事
http://yohnishi.at.webry.info/201207/article_4.html
前々回記事
http://yohnishi.at.webry.info/201207/article_3.html
その他当ブログ『セデック・バレ』関連記事
http://yohnishi.at.webry.info/201109/article_21.html
http://yohnishi.at.webry.info/201109/article_14.html

当ブログ「台湾映画」スレッド
http://yohnishi.at.webry.info/theme/9c1068c8d8.html

「霧社事件」物語の生産、利用、そして和解? 阿川亭(台湾・東海大学日語日文系サイト)
http://web.thu.edu.tw/mike/www/class/GS/GS-Project/yama/mushajiken.html

2013.2付記
『セデック・バレ』2013春国内公開決定
日本語公式サイト(太秦サイト)
http://www.u-picc.com/seediqbale/

※2013.5 付記
 なお台湾では2003年既に公共電視にて霧社事件を扱った『風中緋櫻:霧社事件』というTVドラマが製作されている。原作は鄧相揚の同名小説とのこと。プロデューサーは萬仁。

cf. Wikipedia 中国語繁体字版 https://zh.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E4%B8%AD%E7%B7%8B%E6%AB%BB






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