『3 idiots (3バカに乾杯!)』 - インドの「造反有理」コメディ映画

画像 日本でもかつて一時、『ムトゥ - 踊るマハラジャ』などのインド「マサラ」ムービーブームが吹いたことがあった。本作品はそんなコテコテのマサラ・ムービーとは異なって、大学の工学部を舞台に展開する異色のコメディ映画。普遍性を持ちながらも、でもしっかりインド映画になっている。

 ファーラン(R. Madhavan)とラジュ(Sharman Joshi)は、音なしのおならが得意な"サイレンサー"ことチャトゥール(Omi Vaidya)からランチョー(Aamir Khan)が来るとの連絡を受け、二人ともあらゆる予定をキャンセルして自分たちが卒業した帝国工科大学の給水塔に久しぶりに集まった。だがそこに現れたのはランチョーではなく、連絡を寄こしたチャトゥールのみ。どうなっているんだと詰め寄る二人に彼は奴はここに来ると約束したはずだと言う。一体なぜ彼らは給水塔に集まったのか? そして彼らがあらゆる予定をキャンセルをしてでも会いたがったランチョーとは一体何者なのか?

 話は10年前ほどにさかのぼる。ファーラン、ラジュ、チャトゥールは帝国工科大学のともに1年生だった。新入生だった三人は、その学生寮のイニシエーション儀式として、上級生の前でパンツ一枚にさせられ、尻にスタンプを押されていた。だが、やはり新入生であるランチョーは上級生に抵抗して寮の部屋から出てこない。上級生は出てこなければ部屋の前で小便をかけると脅す。すると彼はすかさずスプーンに電灯線を巻いて、ドアの隙間から突き出す。彼の部屋のドアに小便をかけた上級生は感電...
 そんな風にランチョーはあらゆる因習や単なる暗記、事大主義とは無縁で、常に自分の頭で考えることがエンジニアリングには必要だと考え、実践していた。教授の言うことにも常に疑問を呈し、率直に反論するランチョーの姿勢は、わずかな教授たちから理解はされたが、大学の多くの教授たちから忌み嫌われた。特に学内でも厳格で知られる学部長"ウィルス"ことヴィル教授とは犬猿の仲。
 本当は野生生物写真家になるのが夢にもかかわらず、父親の希望に従って仕方なく工科大学に進学したファーラン、貧しさから抜け出すためにエンジニアリングを学ぼうと思いながらもプレッシャーに押しつぶされそうになっているラジュは、ランチョーと寮で同室になったこともあって、そんなランチョーと仲良しに。一方、ウガンダからやってきて教授好みの優等生になって、成功しようと意欲満々のチャトゥールとはライバルに。
 ところがよりにもよってランチョーは、3人で只飯にありつこうと忍び込んだヴィル教授の上の娘Mona (Mona Singh)の結婚式で出会ったその妹、医学部学生ピア (Kareena Kapoor)に一目ぼれしてしまう。それを知ったヴィル教授はランチョー以外の二人の弱みを使って3人の友情を壊し、ランチョーを孤立させようと躍起になる。
 そんなヴィル教授に意趣返しをしようと、ICEのカンファレンスでスピーチを任されたヒンズー語がまだおぼつかないチャトゥールの原稿をすり替え、チャトゥールとヴィル教授の面目を潰してしまう。それがチャトゥールが2人を招集した、9月5日だったのだ。恥をかかされたチャトゥールは3人に対し、10年後の当日、果たして誰が一番成功しているか、給水塔に集まって見せ付けあおうと提案したのだった...

 Wikipedia英語版の記述によると、本作品はインドでの公開時、インド映画の興行記録を塗り替える大ヒットを記録したという。確かに、伝統的なマサラ・ムービーの色彩とは異なって、舞台背景が大学の工学部。そして、マサラ・ムービーのお約束である、突然の群集のダンスシーンはあるものの、それに頼った作りではなく、教授に反抗的な学生たちを通して、事大主義や伝統的な序列・階級意識に対する批判と革新的精神の称揚を描くとともに、科学技術立国を目指す新興国インドの精神にジャストフィットするような作品になっている。
 前半はヴィル教授対3人の対決を軸とした笑いと涙のある学園生活もの、そして後半はなぞに満ちたランチョーの招待をなぞ解く興味でひきつける、尺は長いが一粒で2度おいしい作品に仕上がっている。

 おそらく、今インドの大学生の意識はかつて日本の1960年代末、大学紛争の時代の大学生に非常に近いのではないだろうか? コメディ仕立てとはいえ、まさに「造反有理」を地で行く様なお話し。以前紹介した『ヤコービアン・ビルディング』でも、優秀な成績で警察大学に進学したものの、富裕層の子弟たちの雰囲気になじめずに、イスラム原理主義に近づいていく学生が登場していた。本作を見て改めて、大学生の「造反有理」意識は、大学がごく限られた特権階層や、貧しい階層出身の場合は極めて優秀な学生に限られていた時代から、徐々に大衆化し始め、今までの大学の雰囲気や秩序になじめない学生たちが増えてきた状況に普遍的な現象なのではないかと思わされた。
 例えば、貧困家庭から抜け出そうと大学に進学した学生の典型であるラジュ。だが彼は決して野口英世のような優秀学生ではなく、出世しなければというプレッシャーと階層の異なる周囲との意識差からくるプレッシャーで押しつぶされそうになり、成績は振るわない。それは、貧困層からでも、必ずしも「超」優秀でなくても、ある程度普通の立身出世手段として大学進学の道が開かれ始めた状況を示唆している。
 そんな彼らにとって、成績優秀ながらも、従来の大学の秩序や価値観、立身出世重視の考え方を否定し、優等生になることを拒否して教授たちに造反し、ただ学問が好きだからそれに打ち込むという新たな価値観を提示するランチョーは、閉塞し硬直化した競争社会である大学における唯一の希望の灯りのような存在である。
 おそらくそんな「革命家」であるランチョーの姿が新興近代国家の道を駆け上がるインドの姿とオーバーラップしてインドでの大きなヒットにつながったと思わせる作品。
 本作品はインド以外の国でも広く公開されて、特に中華圏(中国、台湾、香港)でヒットしているが1)、それは過酷な競争にさらされる学生生活にもかかわらず、世界同時不況の中でその競争に勝ち残ることの意味が見えにくくなっている世界の学生に共感を持っても迎えられているように思われる。その一方で本作は、日本では2010年第3回したまちコメディフェスティバルで公開されたものの、一般劇場公開されるという声が聞かれないのは、就活はともかく、大学の中ではすっかり「お客様」になってしまった日本の学生たちにとって、ああいった大学生活における競争社会がリアリティを持って受け止められない... そんな判断もあるのかもしれない。

 本作のインドでの封切りは2009年12月25日、インドでは興行収入35億8千ルピーと、インド映画史上初の20億ルピー越え映画になったということである1)。

 監督のラジャクマール(ラジュ)・ヒラニは1962年インド中部のナグプール生まれ。当初大学では工学か医学を志望していたものの点数が足らずやむを得ず商学を専攻することに。卒業後は父親の事業を手伝っていたものの、やがてボリウッド映画俳優への夢を持つようになり、父親の勧めでFilm and Television Institute of Indiaへの志願する。だが、志願時点で俳優コースは廃止され、映画監督コースはあまりにも競争率が高くて恐れをなし、結局、映画編集コースへ進学。卒業後は映画界で働くことはかなわず、広告業界に入る。しかし映画への夢捨てがたくVidhu Vinod Chopraの元でプロモーションビデオや映画の予告編作りに携わる。
 何とか機会を得て2003年に撮った映画『Munnabhai MBBS』で従来のボリウッド・フィルムのフォーマットを革新する作品であるとともに、ボリウッド・フィルムの新たなトレンドを作った作品としての評価を得る。そして長編第2作、『Lage Raho Munnabhai 』が興行的にも批評家たちからも好評を収める。そして第3作の本作が、インド映画史上歴史的な大ヒットを収める。(以上英語版Wikipedia http://en.wikipedia.org/wiki/Rajkumar_Hirani の記述を参考に執筆)

1)Wikipedia英語版 http://en.wikipedia.org/wiki/3_Idiots の記述による。


原題『ी इडीयस ()』 英題『3 Idiots』 監督: Rajkumar Hirani
2009年 インド映画 カラー 164分(インド劇場公開版)

DVD(UK盤) 
発行・発売:Optimum Home Entertainment 画面: PAL/16:9(1:2.35) 音声: Dolby5.1 ヒンズー語 本編: 分
リージョン2 字幕: 英(On/Off可) 片面二層(付加映像盤付2枚組) 発行年2011年2月 Amazon.Uk価格 6.47

2013.2付記
本作品は『きっと、うまくいく』の邦題で、2013.5国内公開決定。
「ボリウッド4」ボリウッド4作品公式サイト
http://bollywood-4.com/index.html



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