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zoom RSS そもそも北朝鮮に国際社会に譲歩したら損と教えたのは日本

<<   作成日時 : 2017/09/16 16:39   >>

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 今の北朝鮮を狂っていると思っている日本人は多いだろう。政治家の中にも二階自民党幹事長のような発言をする輩がいる1)。しかし、北朝鮮は狂っているのではなくきわめて合理的な判断を行っている。二階幹事長のこの発言が「都議選対策」ではなく、本気で行われたものであるとすれば、二階幹事長の国際情勢認識は素人並みであることを示している。

 北朝鮮が国際社会に対して「挑発的」であることは間違いない。ただそれは北朝鮮が国際社会に対して協調したり譲歩しても何も得るところがないという認識に立って、合理的に行っている判断である。しかも、北朝鮮に国際社会に譲歩しても何も得るところがない、あるいはヘタをすれば却って損をすると教えたのは日本ではなかったのか。

 小泉政権時代の2002年、当時小泉首相は田中真紀子外務大臣更迭(2002年2月)後の支持率急落後の切り札として北朝鮮との膠着した関係打開を模索、2002年9月17日に北朝鮮との電撃的な首脳会談を実現した。その場で当時の金正日国防委員長は、それまで一貫して否定し続けた日本人拉致を認めるとともに、拉致被害者5人の一時帰国を認めた。
 それが、一般日本人がどう感じるかはともかく、北朝鮮にとっては日本並びに国際社会に対する極めて大きな譲歩であったことは間違いない。だが、北朝鮮の立場から見れば、その譲歩は大変な失敗であった。おそらく、拉致という犯行を認めることは、面目を大切にする北朝鮮にとっては非常に思い切った譲歩であったに違いない。それだけ平和裡に国際社会に復帰したいという北朝鮮の願いは切実であったと思われる。しかし譲歩した結果、北朝鮮が得たものは何一つなかった。むしろ、足利銀行を通じた日朝送金ルートの封鎖等、日本からの対朝経済封鎖という大きなマイナスを招いた結果となった。これが、日本や国際社会に譲歩しても何も得られないどころか、むしろマイナスしか招かないという、北朝鮮に対する「大きな教訓」になったであろうことは容易に想像できる。

 従っていくら国連が北朝鮮非難決議を行おうが、北朝鮮には譲歩によってどのような見返りがあるのかそれが確証を持てない限りは、譲歩する動機・理由は何一つ見いだせないのは当然である。しかも国連非難決議が北朝鮮に多少の影響を与えられるとしても、それは北朝鮮が国連のメンバーである限りのことであって、万一北朝鮮が国連から脱退すればそれこそ蛙の面に水になってしまう。かつて日本が、日本による満州侵攻をめぐって、国際社会から非難を浴び、国際連盟から満州国存続を認めない勧告案決議を受けた際、国際連盟から脱退したことを考えれば、今の北朝鮮の態度を容易に理解できるであろう。当時日本が満州侵攻&満州国設立を正しいと考えていたのと同じように、今、北朝鮮は核開発を正しいと考えているのである。

 ところで、北朝鮮の2002年当時の「譲歩」に対して、日本が何の見返りも与えず、むしろ制裁を強化したことに対して、北朝鮮は「犯罪」を犯したのだから当然である、と思う日本人は多いだろう。

 だが、拉致は日本の国内では犯罪であっても、日本人が思っているほど国際的に「犯罪」であったかどうかは甚だ疑問である。確かに日本の国内法上拉致は犯罪である。しかし、そもそも日本と北朝鮮は外交関係はおろか、そもそも相互の国を国家として承認していない。かつて日本のパスポートを取ったことのある人は、「このパスポートは、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を除く全ての国と地域で有効です」との表示があったことを記憶している方も多いであろう。つまり、国家として承認していないということは、お互いに相手の国家秩序を尊重することを期待し得ないし、それを要求する権利もない存在であるということである。日本にとっては朝鮮半島北部に「朝鮮民主主義人民共和国」という国家組織は存在しないし、同様に北朝鮮にとっては日本列島に「日本国」という国家組織は存在しないのである。1991年に北朝鮮が韓国とともに国連に同時加盟してからは、いつの間にやらパスポートにその文言が消えてしまったので、それ以降実質的には北朝鮮を国家として承認している状態になっているようだが、しかし日本は正式に北朝鮮国家の承認を表明したことは一度もない。
 まして、拉致事件はまだ日本のパスポートから「北朝鮮を除く」の文言が消えていない時代に起こった事件である。つまり日本と北朝鮮は、当時は、相互に自国の秩序の尊重を要求する権利のない状態であって、北朝鮮の国家機関が日本の国内秩序を踏みにじったことを国際法上の罪と問うことは無理なのではないか。少なくとも相互の国家承認があって初めて自国秩序の尊重を要求できる立場に立てるのである。

 さらに言うと、かつてイスラエルがナチスドイツ時代の戦犯を裁いた時に、ユダヤ人虐殺(ホロコースト)計画の責任者であったアイヒマンが、身分を隠して南米に隠れていたところ、イスラエルの情報機関が(相手国の国内法秩序上)不法にアイヒマンを拉致し、イェルサレムに連行して裁判に掛けたことがあった2)。しかし、イスラエルの情報機関によるアイヒマンの拉致が犯罪として問われたことはなかった。

 もちろん、拉致を禁止する、2006年に国連で採択された国際人権条約「強制失踪からのすべての者の保護に関する国際条約(略称 強制失踪防止条約、パリ条約)」(発効は2010年)が存在するが、北朝鮮の拉致事件も、アイヒマンの拉致事件もその前の事件である。しかも北朝鮮は未だパリ条約の批准国でさえない。

 このように考えると、北朝鮮による拉致事件は、「国際法上」は日本人が考えるほど「罪」に問うことは容易ではない。何の利害関係も持たない第三国から見れば、日本は何細かいことにこだわって、より大きな利益 (平和) を逃しているのか、と見えてしまうということである。

 もちろん「国際法上」「罪」とは問えなくても、北朝鮮による拉致事件を罪と言うことはできる。それは「人道上の罪」である。しかし、人道上の罪を相手国や相手政府に償わせるには、結局政治交渉しかない。だが、相互に国家としても認めていない以上、償わせようにもスタートラインにさえ立っていないというのが現状である。

 制裁圧力を掛ければ何とかなると思っている人もいるだろうが、もはや日本は実効性のある対北朝鮮制裁カードはすべて使い尽くして何も残っていない。あとは中国とロシアにすがるしか手立てがないのである。

 結局日本の対北朝鮮外交の失敗とは、相手の非にある程度目をつぶって、取引(ディール)に持ち込むということができない、つまりディールができない日本の失敗と言える。もっともディールができない日本にとって、自分の持っているカードを使い果たして、アメリカ、中国、ロシア任せの現状は気楽な立場でもあり、望んでいる立場でもあると言えようか。

1) 「自民・二階俊博幹事長が差別的表現で北朝鮮批判 直後に「適切でなかった」と釈明」産経新聞 2017.6.29
http://www.sankei.com/politics/news/170629/plt1706290031-n1.html

2) この点は、ハンナ・アーレントの『イェルサレムのアイヒマン』(翻訳はみすず書房)を参照。

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