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zoom RSS 日本兵とはどのような存在だったか

<<   作成日時 : 2017/05/13 23:51   >>

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 最近、日本兵をめぐる次の2冊の本を読んでみた。

山本武利, 2001,『日本兵捕虜は何をしゃべったか』, 文春新書214
一ノ瀬俊也, 2014,『日本軍と日本兵: 米軍報告書は語る』, 講談社現代新書2243

 両書とも、に日本兵捕虜の取り調べなどからわかったことを中心に書かれた米軍報告書を中心に読み解かれた本である。主として米軍から見て日本兵とはどのような存在だったか、について書かれた本である。

 まず両書に共通に書かれた日本兵の特徴として言えることは、日本兵は自分の頭でものを考えることがない、ということである(山本, 2001, 80および一ノ瀬, 2014, 32-33)。このことから派生して、自分の頭でものを考えないので予想外のことに対応が出来ない(一ノ瀬, 32-3)、事前の計画が失敗するととたんに脆くなる(一ノ瀬, 138)、自己判断力が乏しいため精神疾患にかかりにくい(山本, 80)、などと指摘されている。

 このような日本兵の特徴の原因として一ノ瀬は特に1934年の陸軍軍隊内務書の改訂で、兵の自発性を否定するような改訂が行われたことが原因になっている可能性を指摘している(一ノ瀬, 36)。

 さらに、日本兵は待遇を厚くすると何でもぺらぺらしゃべり、米軍を驚かせたことを指摘している (山本, 40および一ノ瀬, 77および83)。この理由として米軍による好待遇あるいは助命に対する感謝や義理意識があると、両者とも指摘している(山本, 40および一ノ瀬, 84)。また一ノ瀬は都市出身の兵は元々映画などを通じて親欧米的であったことを指摘し(一ノ瀬, 61)、山本は捕虜になる前に自殺するよう指導しており、捕虜になっらどうするかという教育が欠けていたため、情報守秘意識が欠如していたとし、(山本, 41)捕虜が存在しないという前提が参謀本部の重大な情報管理の陥穽になっていたと指摘する(山本, 109)。

 また、日本兵捕虜を暴力で脅すことは逆効果であり(山本, 40)、また天皇に批判的な尋問も逆効果であったと指摘されている(山本, 182)。但し、捕虜に対し氏名を本国につたえるとの脅迫は有効であったという(山本, 40)。

 さらに一般兵は下に厳しく上に甘い軍の体質や、前線を知らない上からの兵に無駄死にを強いる作戦指令に憤りを感じており、それが彼らの忠誠心を下げていたという側面も無視できないであろう(山本, 122, 162-3, 170 および一ノ瀬, 159)。それが日本兵捕虜による米軍に対する自白につながったのではないだろうか。さらには、鉄拳制裁が横行する自軍より米軍の捕虜となって好待遇を受けた方がましだったということが、日本兵捕虜の対米協力につながったことは疑い得ないだろう。

 ではなぜ日本兵は米軍への投降をためらい、自殺したのだろうか。もちろん軍の教育の効果ということもあろう。だがそれだけではない。

 基本は、投稿すれば敵によって拷問を受けたり殺されるという恐怖があったためであり、それよりは自殺した方がましだという観念が強かったようであるし、それが敵と戦う最大の理由だったようである(山本, 84および一ノ瀬, 64)。必ずしも敵を憎んでいたわけではなかった。また天皇や靖国のためではなく味方の虐待や体罰怖さに戦っていた側面もあるようだ(一ノ瀬, 64)。だからこそ、日本兵捕虜が、アメリカ軍を最も驚かせた母国帰国拒否の姿勢や真摯な対米協力の姿勢を見せることがあったのだろう (山本, 2001, 90-1)。日本兵には相互監視下の集団玉砕はあり得ても、単独での自殺は少ないという指摘も(山本, 2001, 84)、味方怖さに戦っていたという見方を裏付けるものであろう。

 さらに一ノ瀬は、日本兵の留守家族への支援は村の共同体にゆだねられており、これが、裏切れないという感情を呼び(自分が投降したら留守家族がどのような目に遭わされるか、という恐怖)、日本兵が投降をためらった最大の理由であると指摘している(一ノ瀬, 2014, 89)。山本が指摘した、日本兵捕虜に対し、名前を本国につたえるとの脅迫が有効だったのもその理由のためであろう。

 さらに山本が指摘した、米軍が驚いた日本兵の特質としては、戦場に大量の文書を持ち込む (米軍なら前線には文書を携帯せず基地に置いておく)(山本, 2001, 30-2)、大量に日誌や日記をつけるという点がある(山本, 2001, 34)。このため米軍は玉砕した日本軍の残骸や戦死者から大量の文書を収集することが可能であり、これが日本軍の行動情報を得るのに非常に役だったという。日本軍には、国内では軍機の漏洩に躍起になる一方、前線では全く神経を使わないという矛盾が存在していたのである(山本, 2001, 79)。
 また撤退、玉砕時に暗号表焼却が徹底されなかったが、それは絶対に解読されないという慢心があったという(山本, 2001, 106-7)。

以上、簡単に要約してみると

日本兵の特徴として

・自分の頭で考える自主性が欠如していた。あるいは自主性が欠如するよう教育された。そのため、事前の計画が破綻したときに臨機応変の対応が出来なかった。

・敵に捕まったらどのような非人道的な扱いを受けるかという恐怖と、捕虜になった場合の、味方からの制裁、あるいは、捕虜になったことを日本に知られた場合、銃後に人質として残された家族がどのような虐待や辱めを受けるかという恐怖で、投降よりも自決を選んだ。
※敵への恐怖は、日本軍内の兵に対する非人道的な扱いからの推測や、捕虜の扱いを定めたジュネーブ条約を知らなかったことからくると思われる
※また、日本兵は家族も含めて共同体のしがらみに絡み取られていたため、共同体を裏切って投降するということが出来なかった(集団自決はありえても単独の自殺がきわめて少なかったのはそのため)

・日本兵は共同体からの圧力や敵への恐怖故に、敵と戦ったのであって、敵への憎しみや天皇制イデオロギーから戦ったわけでは必ずしもなかった。特に都市出身者は欧米に親近感を持っていた。

・日本兵は日記や日誌をつけたり、戦場に大量に文書を持参するなど、文書に非常に固執した

・日本兵の多くは、現場を理解しない上からの無謀な作戦命令や、高官であるほど無責任な体制に、潜在的な怒りを感じていた。但し日本の共同体的圧力から、その怒りを表面化させることはかなり少なかったものと思われる

・天皇に対しては絶対的敬意を持っていたが、必ずしも天皇制イデオロギーまで内面化して(戦って)いたわけではなかった

そして、

・日本兵がいったん捕虜になると、米軍による友軍よりも人道的な扱いに感謝して、あるいは、日本の共同体的圧力から自由になったため、潜在的な日本軍の体制に対する怒りや反抗を表面化させることで、積極的に米軍に協力した。一方、暴力による脅迫に対しては、日本軍内の鉄拳制裁になれていたためか、むしろ頑強に抵抗した。

・また日本軍の「日本人捕虜は存在しない」という前提が、日本兵の守秘意識を欠如させた原因であった。

・さらに日本軍の文書管理に対する意識の(「頭隠してしっぽ隠さず」的)欠如から、日本軍の敗走や玉砕後、米軍は多くの情報を収集することが出来た

さらに、

・このような日本兵捕虜の対米協力状況が集団的に起こった現象が、実は戦後連合軍の日本の占領政策の(米軍にとっては拍子抜けするような)成功であった。

・アメリカが天皇を温存したのも、このような日本兵捕虜の研究から、それが占領政策をスムーズに行う秘訣だと熟知していたからであった












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