yohnishi's blog (韓国語 映画他)

アクセスカウンタ

zoom RSS 長谷川豊という人物について

<<   作成日時 : 2016/10/13 00:26   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

 ブログで、「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ」と書いたという、長谷川豊なるフリーアナウンサーがいる。このアナウンサーが、この発言を巡る炎上騒動を巡ってこんなことをインタビューに語っている。

「渦中の長谷川豊アナ、「『退場』を受け入れる」」 日経ビジネスオンライン 2016.10.12
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/101100455/?n_cid=nbpnbo_mlpus

 このブログ自体は直接見ていないので、長谷川氏の人工透析を巡るブログ自体の内容はコメントしない。しかし以前から「教えて Goo」に連載していたブログの内容を見て、この人物はつくづく不愉快なことを書く人物だなぁとは思っていた。最近は不愉快なので、長谷川氏のブログのタイトルが見える Gooもあまりアクセスしなくなったぐらいだ。

 ちなみに、このインタビュー記事に「『先天的な遺伝的理由』で人工透析をしている患者さんを罵倒するものでは全くありません。誤解無きようにお願い申し上げます」との注釈が付いていた」とあるが、逆に言えば後天的な理由で人工透析を受けるようになった患者を罵倒し、社会の害悪と決めつけている、ということは間違いないということである。

 「教えて Goo」に連載していたブログの内容からはっきり言えるのは、長谷川豊氏は極右思想の持ち主であり、優性思想と差別主義的な発想を持っている人物である、ということだ。障碍者に対してもあからさまな差別意識を持っている (先天的な障碍者は除く、とあちらこちらで予防線は張っているが)。そう意味では、相模原の障碍者施設でテロを起こした (あれは「殺人事件」などというものではない) 植松容疑者と五十歩百歩ということだ。弱者 - 少なくても後天的弱者に対しては、彼らは自己責任なのだから配慮など必要なく踏みつぶしても良いと確信している人物だ。

 そう言えば、この件についても長谷川氏は以下のようにコメントしてた。

「圧倒的な障がい者であるバカが普通の障がい者の方を殺害した事件」

出典:「【長谷川豊】相模原の一件は「動機」を考察する必要があるのだろうか?」 2016.7.27
http://oshiete.goo.ne.jp/watch/entry/7f3f44e320d4cb69b875346ad8d2c9d7/?from=osw_entry_desc
(※文中の「圧倒的な障がい者であるバカ」は植松容疑者を指す)

さらに長谷川氏は次のように言っている。

「しかし、今回のバカのように四の五のと屁理屈を述べて、結局頭の完全におかしな連中ってのは、私は「社会の害悪」だと思っています。こういう連中って……別に理解なんてしようとしなくていいと思うのです。だって狂ってんだから。バカなんだから。ほっときゃいいのです。とっとと死刑にするなり、人体実験の対象にするなりすればいいだけだ、というのが私の意見です。」

 発想が、完全に精神障碍者をユダヤ人とともに抹殺したナチスと全く同じである。多分、植松容疑者と長谷川豊氏の違いは、ナイフを持ってやったか、ペン (厳密にはキーボードか) を持ってやったか、という違いしかないと思う。

 そして、長谷川氏の論理を借りるならば、「圧倒的な」障碍者がナイフを持つということならば、ペンを持った長谷川氏は自身は「普通の」ということになるのだろうか?頭の中が...
 とはいえ長谷川氏と植松容疑者の差は、自分の思想を拡散するに当たって、長谷川氏はペンが影響力を持ち、植松容疑者はペンが大して影響力を持たなかったのでナイフを取ったという差に過ぎない。そもそも私は、植松容疑者が障碍者を虐殺した理由を精神障碍者だからという理由に押し込めようという見方に反対である。大麻を吸っていたからという報道もあったが、大麻で人に切りつけるようなまでの幻覚・妄想性はないというのが、メディアで紹介されていた識者の見解であった。したがって、「やまゆり園」事件は優性思想による、思想犯テロとみるべきだと思う。ヒトラーと同じだ。長谷川氏と植松容疑者は互いに合理的な方法を取ったということだけであろう。

 そして、長谷川氏の上で引用したセリフはそのまま長谷川氏にお返ししたい。

 一点、長谷川氏に気の毒な点があるとすれば、長谷川氏本人はおそらく自分の思想は安倍首相や麻生副首相の考えとそう変わらないであろうにもかかわらず、なぜ自分だけがこのようにネットで叩かれ、テレビも降板する羽目になったんだろう、とぼやいているだろうという点である。だからあくまでも長谷川氏は(自分の考えは間違っていないが)「表現の問題」だったと主張するのである。
 そしてそれは植松容疑者が、衆院議長に、当然自分の考えが受け入れられるものと思って自分の考えを訴えたのと重なるであろう。きっと植松容疑者も自分の考えは間違っていないが、手法が問題だったと「反省」していることであろう。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
長谷川豊という人物について yohnishi's blog (韓国語 映画他)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる