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zoom RSS 『イントゥギ(剰闘技)』 - 韓国「剰余」たちが実社会に仕掛ける闘い

<<   作成日時 : 2014/11/09 14:33   >>

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画像 以前の記事でもちょっと触れたが、最近韓国で「剰余(잉여 / インヨ)」という言葉が新しい意味で使われているようだ。もともとは日本語と同じく、剰余、つまり余ったもの、という意味であるが、最近使われるようになった意味では、社会から必要とされない余計者、ということらしい。
 これだけだと、ニートやフリーターを意味する「白手(백수 / ペクス)」とどう違うのかということになるが、どうやらスマホやパソコンを駆使して、リアルな社会に居場所をもつけられないながらも、ネット上のコミュニティやバーチャルソーシャルゲーム空間に主たる生息場所を見いだしている層が「剰余」になるようだ。日本語だと「ネット廃人」に近いのかもしれない。画像
 この「剰余(インヨ)」に「格闘技(キョクトゥギ)」を合わせた造語が「剰闘技(イントゥギ)」であるとともに、剰余の「剰(イン)」に、今闘っている最中という意味で、「...ing」という意味も引っかけているようだ。この「剰闘技」大会は、韓国の2ちゃんねると言われる「DCインサイド」に集う人たちの間で、ネットで争っているよりも格闘技大会の場でスポーツとして決着をつけようという趣旨で実際に開かれたらしい。
 この映画は、韓国社会において、リアルな社会に居場所を見いだせない「剰余」たちの闘いと思いを描いた作品。

 ネットの世界でそこそこ名を知られていたハンドルネーム「チルコンパッ」ことテシク(オム・テグ)は、ネットゲーム上のアイテム取引のため、ソウル市内のある場所に呼び出される。相手と取引の話をしていると、不意に背後から、普段ネット上で対立していたチョ・ジョンスンに襲われ、相手の顔を見る間もなくたたきのめされてしまった。しかも、そのたたきのめされる様子をスマホで撮影され、その映像をネットにアップされて笑いものの対象になってしまう1)。
 テシクはこの汚名をそそごうと相棒の「チュニチュニ」ことヒジュン(クォン・ユル)と共にチョ・ジョンスンの正体を探ろうとするがなかなかつかめない。その一方で、テシクはゲーム空間では強いものの、実際の腕力はからっきし。特にテシクの弱点は恐がりなこと。相手のパンチが顔に近づいただけで怯えてしまうという点が悩みだった。そのため、実際にチョ・ジョンスンに出会ったときに汚名をそそぐためにも、格闘技ジムにヒジュンと共に通い始める。
画像 そのジムででテシクが出会った女子高生がヨンジャ(リュ・ヘヨン)。彼女はジムのオーナー(キム・ジュンベ)の姪で、ジムに出入りしていたのだが、なぜかテシクに興味を持ち、チョ・ジョンスン探しを手伝おうと申し出る。
 実はヨンジャは父母がおらず一人暮らし。唯一の肉親であり、彼女の面倒を見てくれる存在である伯父に勧められて女子格闘技を始め、女子格闘技の世界では賞を取るほどの実力の持ち主ではあるものの、格闘技命というほど没入できる訳でもない。一方、女子高生としての彼女自身は、クラスから浮いた存在。ネットの世界で実況中継して、そこそこ顔を知られることで憂さを晴らしているものの、学校では居場所のなさを感じていた。ヨンジャがテシクの手伝いを申し出たのも、そういった日常から逃げる意味もあったのだった...

 この映画に出てくるテシクは年齢30歳。本来なら会社に通って社会のフルメンバーとして活躍していておかしくない状況なのだが、実際には、おそらくアルバイト程度はしているのかも知れないが、まだ保険の外交員をしている母親 (キル・ヘヨン) のすねをかじっている存在という設定。もはや非正規社員が雇用の半数を超えている韓国ではこのような「剰余(インヨ)」青年たちが日本以上にたくさんいるようだ。そして母子家庭であるテシクの母親も今の韓国社会に生きづらさに絶望しており、社会に居場所を見つけられないテシクと共に、幸福指数世界一というコスタリカに二人で移住しようと計画を進めている。おそらく金持ちであれば移住先はアメリカ合衆国やカナダということになるのだろうが、「幸福指数世界一」のコスタリカになってしまうのが、貧困層の悲しさである。
 ただ、日本であればいくらネットの有名人とはいえ、そういった一般人が、誰にでも、顔を含めて知られている、という状況は考えにくい (と考えるのは筆者がそれなりの世代だからということなのか?)。少なくとも、かなり多くの人に知られるようになるには、ネットで有名になるだけではなく、マスメディアからも認知されることが絶対に必要だろう。
 ところが、この作品を見る限り、韓国ではそういうことがありうるようなのだ。実はこの映画を最初にざっと見たとき、そのような状況が理解できなくて、ネット上で韓国のネット状況色々調べた上で何度か見直して、辛うじて何とかこの映画の描く状況が何となく分かったというのが実情である。ネットでの根も葉もない噂や悪評を気にして芸能人が自殺してしまうという事態も、そのような前提で考えなければならないのだろう。そういう意味では韓国のネット空間は日本と似ているようでいて、リアリティレベルでかなり異質なのではないのだろうか (あるいは日本の若い世代はそのように感じているのか?)。画像
 だから、実生活ではペクスでありながらもネット空間ではスターであるテシク (やヨンジャ) にとって、実生活でこてんぱんにやられてしまうというのは、その二つの空間のギャップの大きさも含めて、相当の屈辱であるらしい。そしてそのギャップが極大化したときに、彼らが実社会に仕掛けたのは一種の「テロ」であった。それは彼らなりの実社会との関係性回復の試みであった。
 だが、これは日本における「秋葉原無差別殺人事件」や「土浦無差別殺人事件」と通じるところもあり (日本の犯人たちもこのような閉塞感を感じていたのだろうか?) 日本ではこれはかなり危うい映画、と捉えられる可能性が高いと思う。
 最後の突然のテシクの行動も一回見ただけでは理解しにくいが、結局、拳が顔の前に出てくるだけで怯えてしまうテシクが、結局ぼろぼろになりながらも、ようやく顔に拳を受ける勇気 (そしてそれはおそらく実社会に出ていく勇気と等価) を獲得するというところに意義があるようだ。「顔に拳を受けられない」ということに「過剰な自意識」に追いつかない自身の能力や生活力のなさが象徴的に表現されているようにも思える。そしてその勇気は、ネットではより無名の「チュニチュニ」ことヒジュンがテシクより先に一歩先に獲得した勇気であり、それへのコンプレックスこそがテシクの実社会での自己評価の低さ、憂鬱さの源泉になっていたものであったのだ。またチョ・ジョンスンを刺そうと持ち歩いていた包丁は、リアルな世界と向き合えずネットでの仮面に頼ろうとしているテシクの姿を象徴しているものと言えるだろう。
 また、一見ネットや現実、格闘技の世界をクールに渡り歩いているかに見えて、現実の学校生活では、同志と信じた友人にも置いていかれ不安におののく少女、ヨンジャを演じた新進女優リュ・ヘヨンの発見も嬉しい。さらに格闘技ジムのオーナーを演じたキム・ジュンベの個性ある存在感も良い。『冥王星』や『糞バエ (息もできない)』のキム・コッピと、雰囲気や容貌は全く異なるが、立ち位置が近いようにも思える。
画像
 本映画を肯定的に評価するか否定的に評価するかは微妙な面はあるだろうが、ともあれ韓国社会の一側面を切り取った映画であることは間違いないようだ。

 本作品の韓国封切りは、2013年11月14日。韓国での観客動員数は16,822人(KOBIS 2013.12データ)。国内未公開。

 監督・脚本のオム・テファは、主演オム・テグの兄。元々はある大学の広告デザイン学科に入学するが合わないと感じて2年の時に休学。CF撮影チームに参加したり映画『夢精期』の制作チームに参加。復学後、本学的に映像製作に関わるようになり、卒業後、パク・チャヌク監督の『スリー・モンスター』『親切なクムジャさん』、そして『奇談』の演出に関わる。そして短編映画『有宿者』(2010)撮影後、それを業績として韓国映画アカデミーに入学。
 今までに短編映画『ソニよ、遊ぼう』(2002)『有宿者』(2010)『川、源流プロジェクト』(2011)『シンボン里のわが家:よくある話』(2011)『森』(2012)、オムニバス映画『寸鉄殺人』(2011)などを撮り、本作品が初長編劇映画。制作も韓国映画アカデミーとなっている。以上、Cine21データベースや「劣等感が光る悲劇『森』オム・テファ監督」インタビュー記事(2012.8.20) http://culturenori.tistory.com/2781 を参考に執筆。

1) このようにネット上の対立がエスカレートして、現実世界で実際に暴行に発展することを、「ヒョンピ(현비 / 現비 = 現実 + Play killの短縮語)」と称するらしい。韓国では実際に「ヒョンビ」殺人事件まで発生している。


原題『잉투기』英題『INGtoogi: The Battle of Internet Trolls』監督:엄태화
2013年 韓国映画 カラー 1:1.85 99分

韓国版ビデオ情報
[DVD]
発行・販売: Art Service 画面: Anamorphic 1:1.85 音声: Dolby5.1 韓国語 本編:98分 リージョン3
字幕: 韓/英 2014年 4月発行 希望価格W25300

[DL file]
AVI(1280x720) 2209M| MP4(480x320) 385M DRM Free 価格W1200 (yes24)

予告編 (韓国語 YES24)
http://vod.yes24.com/MovieContents/MovieDetail.aspx?did=M000046475


参考記事
「『イントゥギ』の次世代映画スターオム・テグ&リュ・ヘヨン&クォン・ユル」 Kstyle 2013.12.4 (日本語)
http://news.kstyle.com/article.ksn?articleNo=1982650

「『イントゥギ』リュ・ヘヨン“短編映画界のチョン・ジヒョン”が見せるスクリーンを溶かすエネルギー Kstyle 2013.12.2 (日本語)
http://news.kstyle.com/article.ksn?articleNo=1982285

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