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zoom RSS 原子力発電は安くない

<<   作成日時 : 2011/05/02 19:24   >>

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 従来、原発の発電コストは水力発電の1/2程度とされてきており、非常に低廉だとされてきた。それが今まで原発推進のロジックになっていた。一方太陽光などの自然エネルギーはそれよりかなり高いものとされ、自然エネルギーへの転換は幻想でしかないとされてきた。

例えば 財)エネルギー総合工学研究所のページを参照
http://www.iae.or.jp/energyinfo/energydata/data1012.html

 もちろん、原発のコストが安いとされる前提の一つに、原発は絶対安全だという神話があった。

 だが、今回の福島原発の事故を見ると「原発は絶対安全」だけではなく「原発発電は安い」ということも根拠の薄い神話に過ぎなかったことが明らかだ。

 そもそも原発事故を100%防ぐことが出来ないとすれば、そのリスクヘッジコストも発電コストの中に入れて考えなければならない。だが原発安全神話の中でそのリスクヘッジコストを度外視していた。
 通常そのリスクヘッジは、原発事故の補償費に関して保険を掛けておくという形で考えておくべきだろう。しかし、万一原発が事故を起こした場合(特に天災によって)、保険金を支払ったら会社が吹っ飛びかねない保険を引き受ける会社が存在しうるだろうか。かつてそのような最終的な保険の引き受け手として、イギリスのロイズ協同組合が有名であったが、ここ最近の宇宙衛星打ち上げ失敗による保険金の支払いがかさんでロイズは壊滅状態に陥っているはずである。
 保険が掛けられないとすれば、事前に電気料金に上乗せして災害対策・補償費を電気ユーザーから上乗せして徴収し、積み立てておくべきだったのだ。しかし、そのようなリスクヘッジコストの負担を逃れて、ユーザは不当に安く電気を消費してきた。そして今回の福島原発の事故はユーザーが本来負担しておくべきコストを不払いにしてきたことを明るみにしたのだ。
 しかも「原発発電安い」神話を維持するために、電力会社は、原発が被りうる災害に対する不都合な指摘に耳を貸さず、天災の規模を過小想定してきたのではないかという疑いが残る。「どうせあれは原発に批判的な連中の言う戯れ言だ」と片付けることで。したがって、事故が起こってみて「想定外」の連発になるのは当然なのだ。だが原発発電は高い、という国民共通の認識が出来れば、コストを度外視してでも、安全対策を優先するようになるだろう。

 今、復興税の議論がなされており、菅首相周辺ではその財源として消費税を上げるという議論があるようだが、上記のことを考えるとすればもっとも自然な財源は、すくなくとも原発事故対策分としては、ユーザが不当に逃れてきた電気発電コストを充てるのが望ましい。しかしそれを電力会社が電気料金として取るのでは国民の理解は得られないだろう。従って、それを政府の責任において電力料金に付加する税金の形で回収するのが望ましい。
 さらに電力使用量が上がれば上がる程、税金が上がるような累進課税制を採用すれば、電力量消費にかなり大きなブレーキ効果が生まれ、その結果計画停電が抑えられるならば国民にとってもメリットは大きい。また一律15%カットというような強制に対して産業界から反発も出ているが、いくらコストが高くてもたくさん電力を使いたいという事業者にはより割高な税金を負担してもらい、そうではないユーザには税金を安くすることで、ユーザの事情に応じた節電が可能である。

 併せて、ガソリンなどのエネルギーなどにも課税することで、復興財源とすると共に脱エネルギー社会を目指してはどうだろうか。

 また、不当に経済外部化されていた原発発電コストをこのような形で経済内部化することで、不毛で感情的な原発推進 vs. 反原発の議論に終止符を打つことが出来る。例えば、いくら原発事故が起こったとしても、原発による発電を維持すべきだ、という人々がいる。だが、原発は非常に高くても(場合によっては太陽光発電より高コストかもしれない)、原発を維持して電力をジャブジャブ使う生活は止められないとの社会的合意があるならそれでも良いし、逆に、こんなに原発が高いなら、電力を使うのを我慢するか、他の自然エネルギーを探そうというならば、その方向に進めばよい。

 ただ、本来負担すべきコストを払わないまま、今のまま安く電力をジャブジャブ使いたい、というのはわがままですよと言うことさえはっきりすれば。

 また、今回東電が失敗しなければ今まで通り安くジャブジャブ電力が使えたのに... という人にはこう言っておきたい。

 そもそも設計想定を越えた天災に遭って、原発が安全にシャットダウンできることを高い確率で期待する方がおかしい。女川原発が何とかシャットダウンできたのは単なる幸運に過ぎない。

 では、過小に天災を想定した責任はどこにあるかというと、電力会社も責任を逃れないが、それを認可し、原発安全神話を振りまいてきた国にも責任があり、さらにはそのような嘘つき政策を推進してきた政権党を選んできた国民にも責任はある、と言っておこう。「一億総懺悔」と言うつもりはないが、しかし原発政策に関して国民は単に一方的な被害者であるとも思わない。そして、東電を非難すれば済むという話でも、民主党をやめさせて自民党にすれば世の中救われるという話でも、原発に関しては、当然無い。
 そして改めて言っておくが、天災を100%予想できる技術が存在しない以上、100%事故の起こらない原発はあり得ない。そして、地震などの天災が少ない国にくらべ、世界中の地震の10%が集中し、津波の危険も高い日本では(しかも津波の世界共通語は日本語を語源とするTSUNAMIであり、日本は、津波の元祖国と言って良い)、原発のコストがべらぼうに上がるのは当然の話である。

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