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zoom RSS 故アラン・コルノー監督の手によるフランス製国辱映画!?『畏れ慄いて』

<<   作成日時 : 2010/09/02 19:28   >>

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画像 8月29日フランスの映画監督アラン・コルノーが肺癌のため亡くなった。彼の作品には、"Tous les matin du monde (邦題: めぐり合う朝)"など印象深いものがあるが、今日は彼の追悼を兼ねて、日本で一般劇場公開されていない、日本とゆかりの深い作品を紹介する。
 本作はアメリー・ノトン原作のフランスベストセラー小説を映画化した作品。アメリー・ノトンは、元ベルギー大使の娘で、日本・神戸生まれ。5歳まで日本で育つ。彼女は日本語能力を活かして来日し、住友商事でOL生活を送ったことがあった1)。その時の体験を小説化したのが原作の「畏れ慄いて(Stupeur et Tremblements)」である。この小説はアカデミー・フランセーズ小説部門グランプリ(1999年)を受賞している。一言で言えばフランス版「ロスト・イン・トランスレーション」。
 この原作がフランスで発表され、さらに映画化されると、在仏日本人社会から「反日映画」「国辱映画」と猛反発が起こった曰く付きの作品。日本国内では映画祭上映されたものの、配給会社は付かず、一般劇場公開、ビデオ化ともなされていない。

 「アメリーさん」(Sylvie Testud)は父の仕事の関係で日本で生まれ育ち、父親の転勤に伴う本国への帰国は、まさに自分にとって慣れ親しんだ土地から引きはがされるような悲しみだった。その思い出から、彼女は日本で働きたいと強く望み、まず日本でしばらく通訳者として働いた後、初めて外国人社員の採用を決めた日本の大手商社、ユミモト株式会社に外人初のOLとしてとりあえず1年間の契約で勤務することになる。
 通訳の仕事は彼女にとって「朝飯前」の仕事。だが、日本の会社にOLとして勤務することは、それとは全く異なるカルチャーショックの連続。
 出社初日、ある外国人に対しゴルフの招待を受ける英文の手紙を書けとサイトウ経理部長(諏訪太郎)に命じられる。彼女は何度もダメ出しされるが、どこがダメなのか決して教えることはなく、理由不明のまま何度も書き直すことになる。このイントロダクションはこの後の経過を象徴する出来事であり、以下日本の会社において命じられるあらゆることは、あたかも「ゼン(禅)」の修行であるかのように、決して理由を与えられることなく、自ら「悟りを開く」ことを求められるのだ。
 まず、日本の一般のOLと同じようにアメリーさんは「お茶くみ」と「コピー取り」から仕事を始めることになる。だが、会社にやってきたお客にお茶を出しながら日本語で挨拶すると、なぜか「日本語をしゃべるな」とアサイトウ部長から命令されてしまう。さらにお茶くみだけでは退屈して、来た郵便物を他の社員に配布すると「余計な仕事をするな」。そしてベルギーにあるチョコレート会社と商取引を始めようと、資料作りに励むテンシさんを手伝うと、更に管轄外の仕事をするなと怒られてしまう。
 特に、アメリーさんの直属の上司となるジャパニーズ・ミステリー・スマイルをたたえたお局、モリ・フブキ(辻かおり)との関係が問題になる。最初は親切そうに見えたモリ・フブキ。だがアメリーさんが自分の語学力を活かして何かやりがいのある仕事をしようと動くと、ことごとく邪魔立てする。やがてモリ・フブキが現在の地位を得たのは、人知れず努力を続けてきた結果であり、それに対して、アメリーさんが大した苦労もなくガイジンという地位を活かして手柄を立てて、あっさり自分を追い抜いてしまうのは許せない、という思いを抱えていたことが明らかになる。
 モリ・フブキの手によるアメリーさんへのいじめ、嫌がらせの度はますます激しくなるが、彼女は辞職をすることなく、「ゼン(禅)」の修行をするような気持ちで彼女のいじめを受け入れていく...画像

 Wikipedia日本版の記述に依れば、ここに描かれたことは嘘ばかりと述べた日本の企業人がいたという。本作は、日本の会社文化をカリカチュアイズして描いているのは確かであるが、アメリー・ノトン自身はここで描かれた出来事は、会社名、人物設定以外は100%事実だと述べている2)。私も十分あり得るのではないかと感じた。
 ただ、私は本作が描かれた出来事が事実か事実でないか、とか反日か反日でないか、というような議論には関心がない。それよりも、本作が紛れもなくここまでカルチュア・ショックというものを描いた作品である、いやこの作品こそがカルチュア・ショックそのものである、という点で、極めて興味深い作品だと思う。
 「アメリーさん」もカルチュア・ショックを受けただろうが(例えば、フランス語のできる人材[or 個人の能力]をなぜ活用しようとしないのだろうか、なぜ個人のイニシアチブを押し殺そうとするのか、なぜいじめを放置するのか、そしてそれを許す日本企業の権威主義的システムとは...?)、我々日本人自身も、スクリーンに映し出される「アメリーさん」自身の姿にカルチュア・ショックを覚えざるを得ない。「アメリーさん」は間違いなくフランス語圏におけるインテリゲンチャに属する人物であり、相当有能な人物の筈である。そのつもりでユミモトも雇っているのだろう(その割にはなぜ彼女の語学能力を活用しようとしないのか、という辺りが疑問だが)。だが、彼女の数字を扱ったり会計処理を行う能力は極端に低い。まず日本の普通の大卒者なら、どんなに数学が苦手だったとしても、あんなに数字処理能力が低いなんてことはあり得ない。
 だから本作品を見て、勿論「アメリーさん」に対するあんないじめを放置して酷い、と彼女に同情して見る人もいるだろうが、エリートの筈なのにあんな鈍くさい(下手すれば日本では白痴扱いされかねない程)女の子、ああいう扱いを受けて当然よ、という反応もあり得ると思う(シルビー・テステュは内気そうに見えるので「アメリーさん」の可哀想さが強調されるが、おそらく実際の「アメリーさん」は「KY」かつエリート臭ふんぷんの人物で、それと日本人一般に期待される一部能力とのギャップからいじめを招いたのだと思う)。昔フランス語の授業を受けた時に、フランスは有能な数学者を輩出したとはいえ、それは例外的な存在であり、フランス人は一般的に数字が苦手だ、という話を聞いたことがあるが、ここまでとはと驚かされる程である。
 だが、まさにそれこそがカルチュア・ショック否、カルチュア・クラッシュそのものなのだ。「多文化共生」というと綺麗事に聞こえるが、決してそうではなく、日本人の物差しから外れた人間をどう受け入れ、人材として活用していくのかという課題なのだと思うし、このようなクラッシュの連続なのだろう。原作小説には邦訳があるが、小説は筆者の一人称のみで語られるので、カルチュア・ショックに対する一方的な見方しか提供しない。だが映画によってスクリーン化されることで、むしろカルチュア・クラッシュの本質がより良く表されたのだと感じる。
 因みに、主題曲はピエール・アンタイの演奏によるバッハのゴールドベルグ。これがまた日本の会社のゼン(禅)的イメージの増幅に寄与している。

 本作は2003年フランス映画祭in 横浜ならびに2007年東京国際映画祭にて国内上映された。

 なお、DVDについては筆者の手持ちのアメリカ盤の他、カナダ盤(R1 NTSC Christal Film)、フランス盤(R2 PAL Universal Studio Canal Video)、イギリス盤(R2 PAL Cinefile)が少なくとも出ている。

1)Wikipedia アメリー・ノートン http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3

2)アメリー・ノトン インタビュー - Magnard [フランス語]http://www.classiquesetcontemporains.fr/interviews/detail/amelie-nothomb-et-sylvie-testud-parlent-de-stupeur-et-tremblements

※2番目の画像は辻かおりに演出をつけるアラン・コルノー監督

原題『Stupeur et Tremblements』英題『Fear and Trembling』監督:Alain Corneau
2002年 フランス映画

DVD(米盤)
発行・発売:Hove Vision Entertainment 画面: NTSC/16:9(1:1.78) 音声: Dolby2 日・仏語 本編: 107分
リージョン1 字幕: 英(On/Off可) 片面二層 発行年2005年9月 希望価格 $26.95





出演者: 辻かおり氏ブログ
(新) http://ameblo.jp/lapinenoire/
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辻かおり著「パリジェンヌとタクシーの法則」 2012.7.10近刊▼

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