テーマ:フーコー

フーコー『言葉と物』の日本語翻訳をめぐって(3)

前項より続く 『言葉と物』の日本語訳をめぐって(3) そして、こちら 『言葉と物』渡辺、佐々木訳p. 103下- p. 104上 二次的言語(ランガージュ)によって解釈されるべき言葉 (パロール)の謎に、まだ中性的で特徴のない開いたままの可能性にすぎず、それを現実化し固定するのが言説(ディスクール)の任務である、…
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フーコー『言葉と物』の日本語訳をめぐって(2)

(前回より続く) さらに、こちら 『言葉と物』渡辺、佐々木訳 P83上 「古典主義時代のはじまろうとするところで、記号は世界の一形象であることをやめ、それが標識として示しているものに、類似もしくは類縁関係の強固な秘密の紐帯でつながれたものではなくなるのだ」 これは実は全く文法的には問題ない (そりゃ、そうだ。仏文学の…
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フーコー『言葉と物』の日本語訳をめぐって(1)

 最近、25年ぶりぐらいにフーコーの『言葉と物』 (新潮社版、渡辺一民、佐々木明訳) を読み直している。当時は読むのに非常に難渋した記憶があるが、再読しても、特に今 3, 4章に差し掛かっているが、やはり難渋する。何を言っているのか意味不明の個所が何か所も出てくる。だが、『監獄の誕生』( 田村 俶 訳)は、今となってはいささか用語が固い…
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