「大阪都構想」住民投票の否決をめぐって

 11月1日の「大阪都構想」住民投票は僅差で否決となった。個人的には大阪市民の英断を称えたい。投票直前に大阪市役所内で、大阪都構想を実現すると200億円以上経費増になるという内部試算があったことが暴露され、当初試算の正当性を主張していた部下に対し、松井市長は無理やり謝罪会見を行わせたが、やはりその無理やりな謝罪のさせ方が、維新は不都合な事実を隠しているのではないかという疑惑を呼んだことも一つの要因と思える。そもそも大阪市を4つに分割すれば、議会も、議会事務局も4つに増える。市長や助役も一人から四人に増える。議員数だって増えかねない。いままで「大阪都構想」を大阪維新の会が訴えてきたのは、府と市の二重行政を解消して、経費の節減をしようというのが目的であったはずである。だとすれば、今まで府と市の二重行政解消をやってきたのだから、経費増要因となりかねない組織改編までやる必要がない、というのは大阪人らしい合理的判断であったように思われる。
 それに対し、「大阪都構想」に賛成する人のブログで、今回の「大阪都構想」投票は経費削減が目的ではない、大阪維新に白紙委任状を渡すかどうかの投票だった、今大阪維新に白紙委任状を渡さないでどうする、大阪は沈滞するだけだ、との訴えを書いているものがあった。前半はその通りであろう。結局、経費削減が目的ではなく、お前ら大阪維新に白紙委任状をよこせ、ということが、大阪維新にとって、今回の住民投票での主たる主張であったというのはその通りだと思う。だからこそ、どれほど経費削減になるのかということに対し詳細に説明しなくてもよい、吉村人気に乗って押し切ってしまえばよい、ということだったと思う。
 ただ、大阪維新に白紙委任状を渡さなければ大阪は浮上できない、という主張はどうだろうか?そもそもかつて最初に、橋下徹元代表が「大阪都構想」を言い出した時に、これは巧妙な戦略だと思った。それまでの大阪府知事選や大阪市長選での候補者の公約は、大阪の経済を活性化する、成長させる、というようなものであったろう。しかし、それだとすぐ公約を達成できてないではないかと、反対勢力から突っ込みを入れられ、責任を問われる。しかし「大阪都構想」なら、もし実現できなければ、それは市民の皆さんが住民投票で反対したからです、と大阪維新の会は、実現できなかった責任から逃れられる。一方、「大阪都構想」が実現しても大阪が浮揚しなくても、「大阪都構想」を選んだのは、市民の皆さんの責任です、とやはり大阪維新は責任を逃れられる。しかも大阪の景気浮揚を公約したことはありません、公約したのは都構想までです、とも言える。どう転んでも責任逃れができる巧妙な公約であった。ある種、実のない、インデックス(=得票)の獲得(ちょうど WebのSEO対策のような)に向けた巧妙な戦略であったといえよう。
 逆にこのようなトリッキーな公約を掲げるのは、そもそも大阪維新にも根本的に大阪を浮揚させるアイディアがないからである。維新の掲げた民間人校長の起用政策は不祥事の大量発生を招いた。「大阪都構想」以外ではせいぜい万博誘致であった。だが、今回東京オリンピックが感染症であっさりつぶれたことを考えると、万博誘致のような外から持ってきたイヴェントに頼ることはどれほど危険なことか。それに万博誘致というアイディアさえ、東京オリンピックの猿真似に過ぎない。吉村人気も、子育て支援や教育支援といった、本来新自由主義的維新の体質にそぐわない、アメ的、あるいは獲物をおびき寄せるエサ的な、社会民主主義的政策によるものではなかったか。その大阪維新に白紙委任状を渡したところで悪くなるか、現状維持がせいぜいであろう。
 橋本元代表はそれをよくわかっていたからこそ、前回の「大阪都構想」で負けた時に潔く政界を引退したのであった。そもそも政界に進出していた時に、橋本元代表は自分たちの賞味期限は5年だと言っていた。そしてその言葉通りになった。松井代表も、今回負けたら、任期終了後は政界を引退すると言っていたが、そこまでの理解と覚悟があっての発言とは思えない。今回、絶対に反対に回る堺を外したし、負けるわけがないと思っての発言ではなかったか。今、激しく後悔しているとともに、忸怩たる思いでいるのではないだろうか。
 大阪維新を支持する人たちの発想には、いま苦しいものを耐えてこそ、将来救われる、というストーリーがあると思う。だが、そのストーリーは常に正しいとは限らない。例えば、昭和初期の金融恐慌の際、立憲民政党政権下、当時井上準之助蔵相は、苦しさを耐えて緊縮財政を貫き、金本位制に復帰すれば、将来の道が開けると信じて、国民からの不興を買った。結局、内閣は倒れ、立憲政友会犬養内閣下、高橋是清蔵相になると、財政出動を行い緊縮財政を緩和した。結局、井上は緊縮政策の恨みを買い血盟団事件で暗殺される。高橋蔵相下、日本は世界最速で金融恐慌から回復する。
 今から考えると、井上蔵相は「信用」に経済的価値があることを理解していなかったと言わざるを得ない。結局、緊縮財政に伴う信用収縮が、恐慌からの脱出を妨げていたのだ。だが、そもそも経済理論として信用論を組織的に論じたのはマルクスで(資本論第3巻)、ケインズもそれを射程に入れていたが、しかし当時世界の財政担当者の常識とは言い難い状態だった。高橋是清がマルクスやケインズを理解していたかどうかは知らない。だいたい当時(特に昭和初期)はマルクスはタブーだった。ひょっとすると単に、生活が苦しいと訴える庶民に対する単なる大衆迎合的ばら撒き策であったかもしれない。だが、結果的にそちらのほうが正解だったのだ。
 もちろん、上のストーリーが結果的に正しかった場合もある。結局問題なのは、各自が何も考えず、このストーリーを信じて思考停止し、維新に白紙委任しようという態度こそが問題である。
 今回、大阪都構想が撤回されたからと言って、それで大阪が経済的に浮揚するわけではない。そもそも、維新も含めて誰も大阪を浮揚させるなんて公約していない。ただ、各自が考え抜くしか浮揚させる手立てはないのだ。ただ、今回大阪の人たちが、維新に白紙委任するという思考停止の決定を行わなかったことに、大阪への希望を繋ぎたい。

 ところで、住民投票後の会見を見ていたら、大阪自民党市議団幹事長、北野妙子氏の存在感が目に付いた。いわゆる美人というのとは違うが、非常にいい顔をしている。ぜひこの人に次のリーダーとして出てきてほしい。

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