『親になろうとしてごめんなさい~目黒・結愛ちゃん虐待死事件~』

 2019.10.27(日)のフジテレビ、ザ・ノンフィクションは『親になろうとしてごめんなさい~目黒・結愛ちゃん虐待死事件~』であった。船戸雄大被告の実像を追ったプログラムであったが、ここに描かれた船戸雄大被告は決して世間が思っているようなモンスターではなく、どこにでもいる普通の人、あるいはむしろ気のいい同僚、あるいはご近所さんという人物であった。世話好きで、まとめ役的、リーダー的存在であり、傍から見れば、明らかに好青年という印象を持たれるであろう人物である。確かに、自己顕示欲、あるいは周囲からよく見られたい、世間から認められたいという見えを張る側面はあるだろう。だがそのような自己顕示欲や見えは、多くの場合一般的な社会関係でむしろプラスの方向に働くことが多く、決して病的とは言えない。そのような見えがあるからこそ、世間からよく見られようと、一所懸命頑張るのではないか。仮に、船戸雄大被告が病的な自己顕示欲の塊、社会的に認められたいという欲求の持主だとすれば、地域のまとめ役や町内会長をやりたがる人はみな、病的な自己承認欲求の持主ということになってしまう。

 雄大被告が東京へ引っ越してきた時も、今時近所に挨拶もしないのが普通なのに、手土産を持ってあいさつ回りをしており、近所のある人は、今時珍しい、僕らの仲間になれる人、と評価していた。多少問題があったとしたら、いささか計画性がない、計算せずに衝動的に動く側面があるが(奥さんとの結婚も、上京も)、逆に好意的にみれば、即断即決で実行力があるとも評価できる側面であり、これだって病的な欠陥とは言えない。結果オーライで済んだ人も、あるいはそういう性格だからこそ成功した人も多いであろう。結局、いかにも子殺しをしそうな人間、犯罪を起こしそうな犯罪的性格、体質の持主とは到底言えない。

 結果的には、上京して職が得られない不安、ストレスが結愛ちゃんに向かって虐待死につながったのだが、これだって職を得られてさえいれば、ここまでの事件にはならなかった可能性が高い。

 逆に言えば、本作品から引き出せる教訓とは、誰でもが (たとえ爽やかな、あるいは頼もしい好青年であっても)、子殺しをしかねない、とうことではないか (実子でこそなかったが...)。

 あの場で、被告席に立っていたのが船戸雄大被告であって、あなたでなかったのは、単なる偶然に過ぎない... そのことは我々肝に銘じておくべきことであろう。

フジテレビ 『親になろうとしてごめんなさい~目黒・結愛ちゃん虐待死事件~』番組情報ページ
https://www.fujitv.co.jp/thenonfx/_basic/backnumber/index-28.html

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