フーコー『言葉と物』の日本語訳をめぐって(2)

(前回より続く) さらに、こちら 『言葉と物』渡辺、佐々木訳 P83上 「古典主義時代のはじまろうとするところで、記号は世界の一形象であることをやめ、それが標識として示しているものに、類似もしくは類縁関係の強固な秘密の紐帯でつながれたものではなくなるのだ」 これは実は全く文法的には問題ない (そりゃ、そうだ。仏文学の…
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