映画『主戦場』 備忘録

 先日、インタビューイーが上映中止を求めて提訴した日系アメリカ人のミキ・デザキ氏が製作・監督を務めたドキュメンタリー映画『主戦場』を見に行ってきた。

「慰安婦テーマ「主戦場」上映中止求め、ケント・ギルバート氏ら提訴「名誉を毀損された」」2019.6.19 弁護士ドットコム
https://www.bengo4.com/c_18/n_9780/

 上のサイトによると「映画の冒頭で、原告らは「歴史修正主義者」「極右」「性差別主義者」などのレッテルを貼られ、いわれなき誹謗中傷を受けた」とある。ただ、映画を見た限りでは、少なくとも映画の中で彼らの主張が歪曲されているとは思えない。「歴史修正主義者」というのも、すくなくとも歴史解釈を修正しようとしているのは客観的事実であるし、彼らが「左翼」であるとは、彼ら自身も自認しないであろう。

 特に、ケント・ギルバートの主張は、英語話者であるからか、彼らの主張を最も理路整然と体系的に紹介するものとして、最も多くの時間を割かれて紹介されている。品性下劣な人間であるようにも描かれていない。ただ彼の主張に対する反論が対置されているだけである。これを名誉棄損とするならば、彼自身が日本で右翼ビジネスを展開して儲けていることが、アメリカ側に知られることを恐れているからではないか。言うならば戦前の日本を肯定することは、アメリカの立場からは「売国ビジネス」と見られかねない。

 櫻井よしこが原告団に加わらなかったのも(なお、提訴前の一部報道では櫻井よしこらが中心になって提訴すると報道されていたが、実際には櫻井本人は原告に加わらなかった。おそらく本人に取材することなく報道されたものだろう)、この程度をジャーナリストの正当な取材とみなさなければ、自分自身の取材活動をも自己否定することにつながりかねない、ということをさすがに自覚してのことであろう。

 内容的には、おおむね予想を裏切らないものであったが、改めて確認できたことがある。

1) 安倍首相は慰安婦問題における「強制性」の矮小化を図っている。
 安倍首相は国会答弁で慰安婦問題の「強制性」を軍が直接縄でくくってに連れ去ったということに限定しようとしている(これは国会中継画像で明らか)が、「強制性」とは本人の意思に反してさせられることであり、騙されて連れ去られた(これは多くの旧朝鮮出身慰安婦がやられたこと)ということも含む、ということを改めて確認させられた。

2) 軍の関与をどう考えるか
 これも軍が直接朝鮮人女性を連行したわけではない、ということで、右翼は否定する点であるが、すでに慰安所業者に軍が前線における慰安所設置に関する協力要請文書の存在は中央大学の吉見義明名誉教授により明らかにされている。軍が直接連行したのではないにせよ、軍の関与は明らかであろう。
 また本映画で強調されている点は、そもそも当時の日本(植民地朝鮮を含む)においても未成年者を売春婦として雇うことは違法であったし、通常の売春宿で未成年女性を雇うことは摘発の対象になっていた。それにもかかわらず、売春業者が違法に集めた未成年女性(未成年女性が集められていたことは文書で確認されている)を従軍慰安所に置くことを軍は認めたという意味で軍の関与は決定的である、としている。
 つまり従軍慰安婦収集目的であれば違法行為を軍が認可したということである。

 また右派は、売春宿で未成年女性を雇うことは摘発の対象になっていた当時の朝鮮の新聞記事を引いて、未成年者が慰安婦にされたことはないと主張しているが、それは朝鮮国内の売春宿のことであり従軍慰安所の話ではないと吉見は一蹴している。

3) IWG報告書をめぐって
 アメリカ・カルフォルニアのグレンデール市に設置された慰安婦像設置問題において、慰安婦像の撤去を主張する、歴史の真実を求める世界連合会 / The Global Alliance for Historical Truth(GAHT) [代表: 目良浩一]が慰安婦問題の不存在の主要根拠としていたIWG報告書[1]。ただし、日本の右翼にこの報告書の存在を広く知らせた(『Will』2014年10, 11月号)ケネディ日砂恵がインタビューに応じている。それと同趣旨のことは彼女自身のブログに紹介されている。

HKennedyの見た世界「IWG報告書について」2016.2.25
http://hkennedy.hatenablog.com/entry/2016/02/25/181436

米国立公文書館 IWG 紹介ページ
https://www.archives.gov/iwg

 要は、米軍が所蔵する機密指定された旧枢軸国関連書類に関する調査報告書であって、その調査対象書類の大半は旧ナチス・ドイツ関連書類であり、日本に関する書類はほとんど調査対象になっていないため、ここに慰安婦に関する記述がほとんどなかったとしても、慰安婦問題の不在の証明にならない、という話である。そもそも日本軍関係の書類の大半は機密指定になかったので調査対象になっていなかったということのようである。

4) 韓国だって従軍慰安所を作っていた
 これも日本の右派が日本の免罪の理屈として持ち出すことだが、映画の中で紹介されていたのは、韓国の挺対協は韓国軍の従軍慰安所の糾弾活動も行っており、決して日本だけを批判して韓国を免罪しているわけではない。つまり韓国では反日活動として慰安婦問題が取り上げられているわけではない、ということが紹介されている。

5) 中国、朝鮮人に対する人種偏見
 杉田水脈は、インタビューの中で韓国人元慰安婦の証言を文献による裏付けがなく信用できないと言い切っていた。その一方、杉田水脈は国会でグランデール市の慰安婦像設置以降、現地の日本人子弟が、それが原因でいじめを受けている事実があると発言していた。だが本映画の取材で、それが文献の裏付けのある話ではなく単なる伝聞に過ぎないことを認めていた。実際にいじめを受けたという子供の話を聞いたということですらない。直接被害を受けたという当事者である韓国人の証言は信頼できず、日本人の話なら、当事者ですらない者から聞いた伝聞すら事実として信用するという、完全なダブルスタンダードである。中国人、韓国人は皆嘘つきであり、日本人は皆正直という人種偏見ぶりが明らかになっている。


 以前から思っていたことだが、歴史修正主義者たちは文献がないから慰安婦問題は存在しないと言う。ただ、敗戦直前日本軍では書類焼却命令が出ており、軍事書類の大半は焼却されている(本映画では約70%が焼却されていると推定している)。従って、書類の不在は事態の不在を証明しない。文献がないから元慰安婦の証言は嘘だと決めつける彼らの主張は、元慰安婦に対する侮辱以外の何物でもない。

 また、慰安婦問題の不在を主張する人々(全部ではないが)の品性の低さや差別主義者ぶりにもあきれる。特に、グランデールの慰安婦像問題を巡る公聴会で、元慰安婦の証言を否定しようとして、証言者を口汚く個人攻撃するGAHTの目良浩一証言映像は目を覆うばかりである。議長が目良に対し"Shame on you!"と発言するのも当然である。これでは、慰安婦問題を否定する日本の歴史修正主義者がファナティック・ライトとアメリカで思われても当然であろう。GAHTがグランデール市の慰安婦像撤去を求めて起こした訴訟はあっさり敗訴したようだが、それも当然であろう。

参考:
小山エミ「グレンデール市の慰安婦像裁判は、なぜ原告のボロ負けに終わったのか」2015.3.6 SYNODOS
https://synodos.jp/international/13150

 さらに、テキサス親父ことトニー・マラーノやその日本の代理人藤木俊一は言わずもがなである。また、本作を見ずとも、植村隆に対する右派の度を越えた脅迫も全く唾棄すべきものであることは明らかである。

'The Comfort Women Mafia' 2016.2.16 Tony Marano
http://propaganda-buster.blogspot.com/2016/02/the-comfort-women-mafia.html

"Tony Marano a.k.a. “Texas Daddy” has his propaganda busted" 2014.11.11 Japan-U.S. Feminist Network for Decolonization (FeND)
http://fendnow.org/2014/11/11/tony-marano-a-k-a-texas-daddy-has-his-propaganda-busted/

 ところで映画の中のインタビューで藤岡信勝が「国家は誤謬を認めないのが鉄則」と述べていた。もちろん彼の発言は、映画の中でそのすぐ後にアメリカ政府、当時のレーガン大統領が第2次大戦中の日系人に対する不当な処遇への謝罪と、日系人に対する補償の法律に署名する場面が挿入され否定される。とはいえ「国家は誤謬を認めない鉄則」は国際的には誤りとはいえ、いみじくもまさに日本の政治的には (特に右派政治家には) それが常識感覚であることを、本作品は明るみにだしたのではないだろうか?たとえ日本政府や行政機関が実質的に誤りを認めて今までの施策を変更するにせよ、「それは時代が変わったからだ」などと屁理屈をつけて、決して過去の誤りを認めようとしない。とはいえ、だからこそ、安倍内閣は「河野談話」を否定しきれない、という皮肉も起こっているのだが。
 だから、何らかの事情で日本政府が対外的に謝罪に追い込まれたとしても、すぐそれを否定するような有力政治家 (単なる一議員ではなく、閣僚クラス、あるいは自民党の重鎮クラス) の発言がどこからか出され、その結果その都度日本政府が真摯に謝罪していないような印象を相手に与えて来た。それが右翼の言う「日本政府が何度も謝ってもきりがない」ことの正体である。そして、そのような鉄則こそが、元慰安婦たちに日本政府が傲慢不遜であると感じさせ、今日までこの問題をここまでこじらせた原因になっているのだとあらためて気づかされた。

[1]ナチス戦争犯罪と日本帝国政府の記録の各省庁作業班 (IWG)によって2007年4月に作成された報告書。GAHT等慰安婦問題の不存在を主張するグループは、この報告書に慰安婦問題に関する記述がないことを以って、慰安婦問題の不在の根拠としている。

公式サイト
http://www.shusenjo.jp/

Movie Walker 「主戦場」
https://movie.walkerplus.com/mv67510/



『Will』 2014年10月号, 11月号



『Will』 2015年1月号

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