国家の体面か真実か... ファン・ウソク事件を描いた映画『通報者』

画像 前作『サウスバウンド』で監督自身にとって不本意な結果となってしまったイム・スルレ監督の満を持した(?)社会派作品。クローンES細胞捏造を巡って事件となったファン・ウソク事件を扱った作品。
 本作の韓国でのネット評を見ると、本作を高く評価する声に混じって、フィクション度が足りない、報道を整理しただけ、もっとすかっとさせて欲しいといった不満の声がちらほら。逆に言えば日本人が辟易しがちな過剰なフィクションが少ないということ。その意味ではファン・ウソク事件国民の求める愛国心当時の韓国社会の雰囲気や状況を知るには絶好の作品と言えそうだ。

 本作を見てまず感じたのは、映画で描かれた捏造の手口が事実とすれば、STAP細胞事件の捏造(とされた)手口は、ファン・ウソク事件とほとんど同一の手口ということ。福岡伸一氏(『世界は分けてもわからない』講談社現代新書)の指摘では、生命科学、生命工学においては、生物の振る舞いというのは非常に複雑なので、因果関係の突き止めが非常に難しいという (「世界は分けても分らない」という題名はそこから来ている。つまり要素分解分析では簡単に因果関係を突き止められないのである)。アイディア自体は正しくても、ちょっとした掛け違いで真相を突き止めることの困難も指摘されていた1)。
 にもかかわらず、結局最終的な論文偽造の手口というのはことのほか単純で限られているのではないだろうか。逆に言えば日本人たちが、ファン・ウソク事件から十分学んでさえいえば、STAP細胞事件は十分避けられたのである。結局、あれは韓国だから起ることで日本で起るわけがないと、日本の生命工学界がなめてかかっていたとしかいいようがないのではと強く思わされた。あるいはSTAP細胞事件とは日本社会全体が、ますます韓国社会化していることの証左であろう。

 さらに、ファン・ウソクが、国家の体面を象徴する人物になったため、その不正を暴こうとするMBCの「PD手帳」側がどれほど国民の反発にあったのかが克明に描かれる。TV局の真相究明報道に反対する「ろうそく」デモまで行われ、放送局側が大半の国民からの袋だたきに遭っていたようだ。そのような全国民的な圧力の中で、敢て「非国民」的立場を堅持し、国家の体面を傷つけてでも「真相」を追求しようという姿勢は、並大抵の覚悟ではできないことが淡々と描かれる。
 最近の日本では「国家の体面を傷つけた」などという言葉が易々と国会の場で政治家がメディアを非難する言葉として発せられるようになってしまったが、それが日本の政治水準が当時の韓国レベルになってしまったことであると、本作を見ると改めて実感させられる。

 また、劣勢となったメディア側が反撃に転じられるきっかけとなったのはネットへの情報掲載だったという点も、日本でもSTAP細胞問題が問題化するきっかけとなったのが、ネットへの匿名の情報掲載であったことを考えると、その一致に改めて考えさせられる。

 「民主的」であること、あるいは「国家の体面」を守ることが、よく考えれば当然ではあるのだが、必ずしも「真実を追求すること」と両立する訳ではないとき、どうやって真実の追究を確保していくのか、そして真実を追究することの意味は何なのかを改めて突きつけると同時に、ネットが「真実」を覆い隠すツールにも、あるいは「真実」追求を助けるツールにもなり得るという両義性を鋭く突いた作品と言える。

 ちなみに本作品と実際のファン・ウソク事件との違いについてであるが、Wikipedia韓国語版の「ファン・ウソク事件」項目を参考にしながら整理すると、まず登場人物や所属機関はすべて仮名化されている。
例: ファン・ウソク博士 → 役名イ・ジャンファン (イ・ギョンヨン扮)
  チェ・スンホCP → 役名ユン・ミンチョル (パク・ヘイル扮)
  ハン・ハクスPD → 役名イ・サンホ (パク・ウォンサン扮)
  キム・ソンジュン研究員 → 役名イ・ドヒョン (キム・ガンヒョン扮)
  番組名 MBC 「PD手帳」→ NBC 「PD追跡」
  ソウル大 → 韓国大

 また、映画の中で最初にタレ込みをする元研究員シン・ミノ (ユ・ヨンソク扮)と現職研究員キム・ミヒョン (リュ・ヒョンギョン扮) 夫婦は、おそらくモデルのない完全なフィクションの人物。というのは、元々ファン教授が不正をしていたのではという話は、タレ込みから入ったのではなく、韓国生命倫理学会がファン教授の研究で使われた卵子は、違法売買された卵子を使っていたのではという疑惑を表明したことから始まっていたからだ。またピッツバーグ大の共同研究者シャッテン博士もその事実を確認して、不適切な研究が行われたと共同著者から降りるという宣言を行っている。
 結局、それらの表明を受けて、その事実を追求していたMBC側が取材を続けているうちに、単に違法卵子を使った研究をしていただけではなく、論文自体捏造されていたのだという事実を発掘したようである。

 ただ、それ以外はかなり事実経過に忠実らしく、国民の猛反発を受けて「PD手帳」からスポンサーがすべて降りてしまったなどの事態、さらにチーフプロデューサーが、ピッツバーグ大に送られていた捏造のキーマン(映画ではイ・サンホ研究員)を取材するときに、どうせ教授は起訴されるのだから今のうちしゃべっておいた方が身のためだなどと言った強圧的取材があったことも事実のようである。NHKのSTAP細胞事件取材チームもMBCのファン・ウソク事件取材チームを相当意識したのではないだろうか。

 ところで、私は最近すっかりこの当時の韓国に似てきてしまった今の日本でこの映画がどう紹介されるかどうか、非常に気になっている。例え一時的に国家の体面を傷つけることがあったとしても、やはり私たちは真相にきちんと向き合うべきだというメッセージを持った本作品が、正面から日本社会に受け止められるのか、それとも今の日本に不都合なメッセージを持った映画として無視されてしまうのか、それとも、やはり韓国は水準が低いからこういうことが起るのだと、自分の国のことは棚に上げて嘲笑モードで見られるのか... 何かこれからの日本のあり方を占う意味を持つのではないかという気がしている。

 本作品の韓国封切り日は2014.10.2。韓国での観客動員数は1,745,595人。国内未公開。

原題『제보자 (提報者)』 英題『PD Report』 監督: 임순례
2014年 韓国映画 114分 1:2.35

1) 当ブログ「STAP細胞事件は既に予見されていた」http://yohnishi.at.webry.info/201406/article_5.html 参照。

イム・スルレ作品映画評

『サウスバウンド』
http://yohnishi.at.webry.info/201310/article_5.html

『牛と一緒に旅する方法』
http://yohnishi.at.webry.info/201103/article_19.html

『飛べペンギン』
http://yohnishi.at.webry.info/201008/article_5.html


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