『アプレゲールの夜』- 「S21」リティ・パン監督による戦後カンボジアを描く劇映画

画像 本作品は、衝撃的なドキュメンタリー『S21: クメール・ルージュの殺人マシーン』を撮ったリティ・パン監督による1997年に撮られた劇映画。『S21』より先行し、カンヌ映画祭「ある視点」部門に出品されたのは1998年。戦争後のカンボジアの虚脱感を描く。

 1992年、停戦直後のカンボジア。サヴァナ(Narith Roeun)、マリ(Tatha Keo)、パル(Mol Sovannak)の戦友同士の三人はクメール・ルージュとの闘いから、いつ地雷に当たって爆破されるとも知れぬ列車に乗って最前線から復員してきた。プノンペン出身のサヴァナはクメール・ルージュ時代親兄弟をクメール・ルージュに粛清され、残る親族は叔父と祖母だけ。農村出身のマリも家族を殺され、残った妻は一族の田畑を守るため、売春婦として身売りされた後、別の男と結婚したと連絡を絶ち、マリは自暴自棄になっていた。やはり農村出身のパルは片足を失い松葉杖姿。もはや田舎に戻って農作業をすることはできない。プノンペンにいるいとこに彼女の夫が戦死したことを伝えに、サヴァナに道案内を乞う。その時、サヴァナは23歳。物心ついて以来戦争と飢えと死しか知らない人生だった。画像
 復員後サヴァナが映画館に入ろうとすると、2000リエルの入場料に対し1600しか持ち合わせがない。復員軍人だから割り引いてくれても良いだろうと劇場窓口で粘るが、劇場は取り合わない。そこへある女性が、兵隊さんの分買ってあげるわ、と入場料を払ってくれた。
 サヴァナは戦友のマリと飲み屋で酒をのむ。マリは中国系マフィアの手引きでナイトクラブの用心棒をしているらしい。今度うちに飲みに来いよ、との誘いでそこへ遊びに行くと、復員直後、映画の入場券を買ってくれたあの女性... スレイ・パウ (Chea Lyda Chan)がいた。マリは、あの女は誰とでもダンスを踊るが、寝るのは金持ちとだけだという。サヴァナは、パウに声を掛け名前を聞いた後、ダンスの指名が入っているという彼女と無理矢理ダンスを踊るが、ナイトクラブを出ると、クラブの用心棒たちにこてんぱんにされる。
 だが、サヴァナは懲りずにナイトクラブの営業終了を待って彼女をデートに誘ったりする。しかし復員後仕事は見つからず叔父の家で居候になっている身。片足を失って故郷に戻れないパルも仕事が見つからずいとこの家でやっかいになっている身であった。
 そんな中、金を稼ごうとサヴァナはボクシングの試合に出て、彼女に会う金を作ろうとするのだった。しかしパウ自身、金のため身を売られナイトクラブで売春に従事させられている身。自由に男と結婚することは許されていなかったのだ...
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 フランス語の原題は『un soir apres la guerre』。直訳すれば「戦争(カンボジア内戦)後のある一晩」であるが、日本でも戦争後の価値観の崩壊に伴う虚無感、無規範状況ならびにその世代を表現する言葉として「アプレゲール」という言葉が使われたことを勘案すると『アプレゲールの夜』と訳するのが適切だろう。
 クメール・ルージュに家族を殺され、そしてクメール・ルージュに対して命を賭して闘った兵士の行為に対しても何も報いられず、そしてクメール・ルージュと和解しろ、と言われる時代。シアヌークは帰ってくることになったものの、国の形も何もかもはっきりせず、人々はやりきれなさを抱え込まされる。そんな中、世間が虚無感と無規範に覆われるのも無理はない。そんな中より人間らしい生活を求めてもがき、結果的に規範から外れてしまう人々。そんな人々の姿が胸に迫ってくる。
 ストーリー的には、ありきたりの、売春婦とその彼女に恋した貧しい男の悲恋とくくることができるかも知れない。だが、生活状況、虚無感、退役軍人の世間からの取り残され感の描写は、胸に迫るものがあり、どこか韓国映画『グリーンフィッシュ』を彷彿とさせるものがある。
 内戦後のカンボジアの空気感を伝える貴重な作品。画像

 なお、本作はカンボジア、フランス、スイスの合作で、撮影・製作スタッフの多くはヨーロッパ人。

 リティ・パン監督のプロフィールについては、『S21: クメール・ルージュの殺人マシーン』映画評参照。

原題『Un soir après la guerre / រាត្រីមួយក្រោយសង្គ្រាម』英題『One Evening After the War』監督:Rithy Panh
1997年 カンボジア=フランス=スイス映画 カラー 1:1.85 108分

海外版ビデオ情報
[フランス版DVD]
発行・販売: JBA Edition 画面: Anamorphic 1:1.66 PAL 音声: Dolby2 クメール語 本編:110分 リージョンALL
字幕: 仏/英 2008年 4月発行 仏アマゾン価格 Eur21.70

『S21: クメール・ルージュの殺人マシーン』映画評
http://yohnishi.at.webry.info/201002/article_13.html

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