今更ながら『グラン・トリノ』評

 だいたい私はあまのじゃくなので、皆が皆見る映画、ハリウッド映画の名作などというものは避けて通る口。ただ、本作は評価は高いものの、日本国内では余りヒットしなかったようだ。それにクリント・イーストウッドの映画は何か一言、言いたくなる。という訳で、本作にもコメントしてみよう。

本作のあらすじに関してはこちら(Goo映画)。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD14137/

 映画に出てくるモン(Hmong)族は、Wikipedia日本語版「ミャオ族」によると、中国南部、ラオス、タイに分布するミャオ族の一支族ということで、モン族の右派モン族がベトナム戦争時にCIAと協力して、アメリカの代理としてラオスの共産化阻止のためパテート・ラーオと戦ったという。しかし、共産勢力の勝利とともに敵側だった右派モン族は難民化し、アメリカやフランスに移住していったという。彼らはその難民家族だという訳だ。

 この映画は、クリント・イーストウッドの保守的な側面と革新的な側面の両側面を示す好例であり、彼が硫黄島二部作を作った精神性をはっきり見せてくれる作品でもある。

 イーストウッド演じるコワルスキは白人であり、古き良き(そして保守的な)アメリカン・スピリッツを体現する人物である。その一方で彼は朝鮮戦争従軍時に多くのアジア人を殺してしまったことに罪の意識を持っているが、それを普段押し殺している。彼は自分をアメリカン・スピリッツの目指す成功を体現した人物だと信じたいが、実際には子供たちとも距離が開き、妻に死なれた孤独な哀れな男でもある。だが彼は頑固で威厳のあるアメリカン・スピリッツを体現する男として(そして意図的に他人と距離を取ることで)振る舞うことで、その現実を認めようとしない。
 彼は元々フォードの自動車工。彼の住む中西部は元々は自動車産業で栄えたが、自動車産業の衰退とともに、白人の多くは出て行き、黒人やアジア系が流入している。だが、彼はかつてのアメリカの栄光を守るべく、その地域から決して出ていこうとしない。その彼の精神の象徴が彼の持つ乗用車、グラン・トリノなのである。
 クリント・イーストウッドは明らかにこのようなアメリカン・スピリッツの信奉者であり、ワイルドでかつ謹厳・実直な、かつてのアメリカ労働者階級の価値観の支持者でもある。だが、アメリカの物作りが衰退して久しいし、学をつけてスマートに金融や商売で儲けること(そして資本家的価値観)がアメリカのメイン・ストリームになってしまった。そういう意味では彼はまさに時代遅れな保守派である。

 だが、コワルスキは、人種差別的な悪態をつきながらも、白人至上主義者ではない。もはや今日のスマートな白人たちは昔ながらのアメリカン・スピリッツの担い手たり得ないという現実にもうすうす気づいている。そもそもコワルスキ自身もWASPではなくポーランド系移民の子孫だ。白人といっても必ずしも最も人種的な「正当性」を備えた存在ではない。
 それが、アジア人に対する深層に押し込められた贖罪意識も手伝って、当初毛嫌いしていたアジア系モン族の隣人に対して、アメリカン・スピリッツのバトンを手渡していこうという気になるのだ(そしてかつてモン族がアメリカの代理人としてパテート・ラーオと戦った、ということもアメリカン・スピリッツの担い手の有資格者ということなのだろう)。そもそも当初のアジア系の隣人に対する嫌悪感も、深層に押し込められたアジア人に対する罪意識の裏返しであったのかも知れない。
 そしてアメリカン・スピリッツの継承という目的のためには、人種差別(レイシズム)からフリーになれてしまう、そこにイーストウッドの革新性、合理性がある。これは『硫黄島からの手紙』で敵である日本人の中にアメリカン・スピリッツと共通するものを見いだそうとした姿勢に通じるものであろう。

 ただ、だからといって勤勉なアジア系アメリカ人が、本来のアメリカン・スピリッツの担い手としてふさわしい、などという安直な人種設定はとらない。それはモン族の愚連隊を主たる対抗相手として登場させていることからも分かる。多くの白人もヒスパニックも、今や古き良きアメリカン・スピリッツ、良きアメリカ労働者階級の価値観の担い手(=グラン・トリノの持ち主)として失格ではあるのは事実だけれども、アメリカン・スピリッツの担い手としてふさわしいかどうかはあくまで人種に関係なく、個々の個人の自覚の問題なのだ。これは本作が若干オリエンタリズム的雰囲気を漂わせつつも、オリエンタリズムに堕ちなかった理由でもある。
 そしてこの点が「日本人」という生得的な「資格」に逃げ込もうとする日本の保守派との違いでもある(日本人には、過去、確かに優秀な確かな仕事をしてきた人は多かったかもしれないが、日本人だからといってアンタが「優秀」だとは限らないし、今後とも日本人が「優秀」であり続けるという保障もない)。またこれが、本作が『硫黄島からの手紙』と異なり、いまひとつ日本でヒットしなかった理由であるのかもしれない。

 さらに、アメリカン・スピリッツの擁護者であると言っても、暴力による解決を否定している点も革新的である。モン族の少年タオを守ろうとして、いったんは暴力による介入を計るが、それはもっと悲惨な結果を招いてしまう。それはアメリカの9.11後のイラクやアフガニスタンへの介入を彷彿とさせ、またそれらへの批判を含んだ硫黄島二部作の製作姿勢とも通底する。
 アメリカン・スピリッツが含む、暴力の応酬による解決を否定しつつも、その一方で大切なものを守るためには自分の命を賭してでも守るべきという価値観は維持する。そこに古き良きアメリカの労働者階級的なオールド・リベラリズムに新しい命を吹き込もうというイーストウッドの革新者としての意味も存在するのである。

読み損なわれる『硫黄島からの手紙』
http://yohnishi.at.webry.info/201108/article_8.html


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