『走出五月』-恋愛&肉親への情愛を描くも、穿って見れば極めて政治的

画像 祖父母への愛情と恋愛を絡めて描いたロマンス台湾映画であるが、新台湾アイデンティティを定義しかねない『セデック・バレ』に対抗した作品だと考えると、実は極めて政治的・イデオロギー的意図が隠されているのではないかと勘ぐりたくなる映画。

 台北の音大に通って、シンセサイザー音楽を専攻している大学生、李正森(柯有倫)は「国際駐村芸術家計画」に参加しようと応募しているが落選しているばかり。指導教授の、君の作品にはオリジナリティがない、との電話に、隣の家からいつもうるさく思っている京劇の一節を歌う声が聞こえたこともあって、思わず、では伝統的な京劇とシンセサイザーを結合させればいいでしょう、と答えたところ、教授は、それはすばらしいアイディアだと絶賛し、なりゆきでその方向で作品を作ることに。

 実は、李正森は両親を早く亡くし、高雄に住む芸術家の祖父母に育てられた。祖父母とも北京出身で、祖父、木吉(勾峰)は中国伝統の書画家、祖母、五月(沈海蓉)は京劇の歌い手であった。それにもかかわらず、と言うべきか、だからと言うべきか、京劇には関心がなく、自分のオリジナルなことをやりなさいとの祖母の優しい言葉に励まされて、ポップミュージックの演奏&作曲を手がけるようになり、台北の大学に進学したのだ。

 そんな中、元気が取り柄だった祖母が突然たおれる。今まで気づかなかったが肝臓が悪かったのだ。芸術しか知らず家事が一切できない祖父はうろたえながらも愛する祖母を必死に看病する。だがその奮闘むなしく祖母は他界してしまう。
 慌てて高雄に帰る正森。そこには気が抜けて腑抜けのようになった祖父がいた。何もできない祖父を助けようと必至に家事をこなし、祖父の面倒を見る正森。そんなとき、正森は、伝統市場である女性と最後の一袋になった菊花茶を取り合いになる。

 一方、台北に住む京劇歌手、章妙湘(房思瑜)は、ある日間違えて配達された手紙をうっかり中身を破ってみてしまう。それは死に直面した女性が、孫に向かって、自分に代わり夫の面倒を見てくれるよう訴える手紙だった。手紙には家の鍵も同封されていた。その手紙に感動した彼女はちょうど高雄に住む祖母が骨折したこともあってその面倒を見がてら、その手紙の家に行き、家人の留守を見計らって、色々準備を勝手にしてやる。画像

 一方、正森の祖父の家では、いつの間にか、朝食が準備されていたり、祖父の好きな菊花茶が準備されるようになった。祖父は妻が幽霊になって戻ってきた、と喜ぶが、正森はぞっとしない。
 そして祖父が出かけて不在のある朝、正森はその幽霊の正体を知ることになる...

 この映画の冒頭すぐ、この作品は、アン・リーの『飲食男女(恋人たちの食卓)』や『喜宴(ウェディング・バンケット)』等にも通じるような外省人感覚の映画だということがはっきり分かる。
 いささか不自然な、お約束の「偶然」はロマコメ的要素として受容するとしても、様々な因縁を結ぶのが台湾伝統の布袋劇(ポテヒ/プータイシー)ではなく北京起源の京劇にあるというあたりは、台湾(というより中華民国)のアイデンティティのオリジンは北京=大陸/漢民族にあり、と高らかに宣言しているようなものだ。
 家族間の情愛の大切さを描きながらも、なぜか孫世代が祖父母世代と直接つながり、親の世代が一切出てこないというのも非常に作為的。しかもここまで生粋の外省人一家の故郷が高雄というのも何だかなぁ... もちろん高雄に外省人がいない訳ではないだろうが、高雄と言えば本省系、緑色勢力の本拠地でありこれも不自然。穿ってみると、おそらく本省人も含めて、台湾のルーツは大陸/北京にあることを自覚せよ、との政治的メッセージに思えてしまう。北京の伝統的な小籠包の味を再現する店が高雄にあるか?と突っ込みを入れたくなる(まぁ台湾に詳しい訳ではないので、あるかも知れないが)。因みに台北ナビで高雄+小籠包で検索すると「龍袍湯包(ロンバオダンバオ)」という店がヒットするが、ここのオーナーは日本にある「上海湯包小舘~小籠湯包専門店」名古屋店で働き台湾に戻って開業したとある。ほかに「紅陶上海湯包」がヒットする。
 たぶん映画に出てくる店も高雄のどこかの食堂でロケしているのだろうが、店の前に掲示してある小籠包のメニューだけがとってつけたように赤い紙の上に書かれたものが掲げらているのが笑える。
 ヒロインが極めて端正な中国美人というのも、まかり間違ってもポリネシア系先住民や平埔族の「汚れた」血が混じってないぞ、と言いたげだし...
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 台湾の漢民族(外省人)のルーツを強調すればするほど作為的で不自然になる... まさにこれが「漢民族アイデンティティ」の台湾における現状なのであろう。だからと言って日本のウヨクの皆さんぬか喜びしないでね。新台湾アイデンティティ模索の動きは、無条件に「日本の植民地支配万歳」にはなりませんから。

 ともあれ良くも悪くも『セデック・バレ』の対極に位置づく映画作品。

 監督の朱峰は果陀文化傳播のプロデューサー。過去何本かのTVドラマやCFを手がける。

 なお、台湾盤DVDだが、蛍幕比16:9とあって、アナモルフィック収録ではなくレターボックスという台湾伝統的な誤謬を踏襲したもの。最近では珍しくなった。ただマスタリングの質自体はかなり高く、色彩も鮮明で、拡大してもそこそこ観られる。但し、16:9の画面比に拡大すると、字幕が切れてしまうのが難点。


原題『走出五月』英題『Goodby May』監督:朱峰
2011年 台湾映画 カラー 113分

DVD(台湾盤)情報
発行: 飛行国際 販売: 禾広娯楽 画面: NTSC/4:3(1:1.85) 音声: Dolby2北京語 本編: 113分 リージョンALL(表示は3)
字幕: 中/英 片面一層 CD付き2枚組 2011 年 12月発行 希望価格 NT$450 / 570(写真集付限定版)

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