南アフリカ映画『SKIN』- 驚くべき実話の映画化
2008年南アフリカ映画。アパルトヘイト時代の南アフリカに、白人の家庭に生まれながらも肌の色が黒かったため辛酸をなめた実在の女性の驚くべき人生を描いた映画作品。監督はアンソニー・フェビアン。また主人公の成年時代を演じるのは、イギリスを拠点として活躍し、本人もユダヤ人の母親とアフリカ人の父親の間に生まれた、『ホテル・ルワンダ』のソフィー・オコネド。1994年、アパルトヘイト(人種隔離政策)が撤廃された南アフリカの第一回自由選挙の日。化粧品会社に勤めるサンドラのもとに報道関係者の取材が押しかける。翌日の新聞には、「私にとってこの日は遅すぎた...」とのサンドラのコメントが大きく載る。
アパルトヘイト時代の南アフリカ。サンドラ・ラング(少女時代 Ella Ramangwane、学校卒業後 Sophie Okonedo)はアフリカーンス系1)白人の家庭に生まれた少女。だが彼女が他の白人家庭の少女と異なっていた点は、肌が浅黒く、髪の毛も縮れていており、黒人のような容貌をしていた点である。
1965年、彼女は兄レオン(Hannes Brummer)の後を追って、全寮制の白人学校に入る。だが入学早々問題が。学校の父兄からはなぜ黒人を受け入れるのかと苦情が来、学校の先生は、彼女を理由なくいじめる。ついに学校は勝手に医師を呼んで検査し、黒人であるとの診断書を作成して彼女を退学処分にする。
父アブラハム(Sam Neill)は承服するはずもなく、娘は白人であることの確認を求めて裁判に訴える。だが一審ではアブラハムの訴えは退けられる。だが父は言う『Never give uP』。ようやく最高裁で、アフリカーンス系白人は容貌が白人であっても多かれ少なかれ黒人の遺伝子が混ざっており、時に突然変異的に黒人的特性が顕在化するとの遺伝学者の証言を得て、何とか勝訴する。
法的に白人であるとの確認を得て無事に学校に復帰し、さらに卒業して家に戻るサンドラ。だが、問題は学校では終わらなかった。彼女の容貌は白人コミュニティに根本的に受け入れられないということを痛感させられる。見合い相手と白人専用のレストランに入ると、周囲からの視線が痛々しくそこから逃げ出すサンドラ。さらに彼女の肌の色を気にしないと言った見合い相手がサンドラを気に入ったのは一種のオリエンタリズムからで、それは彼がサンドラを手籠めにしようとしたことでそれが明るみに出る。
白人コミュニティからの疎外を痛感した彼女は、結局レストランから逃げ出すときに彼女を救ってくれた黒人男性ペトルス(Tony Kgoroge)と恋仲になる。だがそれは父アブラハムと母サニー(Alice Krige)には到底受け入れがたい選択だった...
信じがたいようなショッキングな実話をもとに作られた作品。当初、なにも知らずにサンドラは白人家庭の養女であるのかと見ていたのだが(黒人の子を養女にするという革新性の割にはお父さんの態度がいささか権威主義的態度なのが気になっていたが)、裁判の過程で養女ではなく、夫婦の実子だと明らかになる(そこでお父さんの態度も合点が行く)。そこでこの映画に描かれている問題が、単なる人種差別という政治的問題のみならず、本人のアイデンティティにかかってくる非常に深刻な問題であるということが明らかになり、見ている我々もショックを受ける。
当初、父・娘は法的(あるいは政治的に)娘がに白人であると決着をつけさえすれば問題が解決するものと思っている。そして映画の前半はそこへ向かう闘争に充てられる。だが、問題は法的決着にはとどまらず、社会学者のアーヴィング・ゴッフマンが指摘した「スティグマ」2)に関わる問題であり、彼女の肌の色が変わらない限りこの問題から逃れられないということになる。そこで彼女の内的なアイデンティティと彼女の外観のギャップが問題になっていく。
彼女がペトルスを選択するのも、半分は彼女が黒人のアイデンティティを獲得して外観とのギャップを埋めようとした結果なのだが、問題はそう簡単ではない。文化的アイデンティティとしては彼女はあくまでも白人で(言語は英語&アフリカーンス語)、現地の黒人たちの母語であるズールー語が話せるわけでもない。黒人のコミュニティに飛び込むことは、全く異文化の中に飛び込むことと同義なのだ3)。
ペトルスが彼女に惹かれたのも、一種の事大主義、あるいはオリエンタリズムの反対である「オキシデンタリズム」とでも言うべき感覚が働いたのは間違いない。だからペトルスがコミュニティに戻ったときに、そのような一種の自身の優越感覚に自己嫌悪を感じたり、コミュニティのメンバーに対して恥じたりする反動・葛藤も生じる。それがペトルスの彼女がすべての悪運や不幸を持ってきた、という台詞に凝縮されるのである。
その葛藤が、南アのホームランド政策4)で追い出されたためもあるが、結局夫の故郷である黒人コミュニティを彼女に捨てさせ、ケープタウンに彼女を押し流すことにつながる。
レイシズム、スティグマ、アイデンティティクライシス、家父長主義、フェミニズム等様々な社会学的概念に関わる事例にあふれており、社会学の教材として非常に優れているのだが、誰かこの映画の日本語字幕版ビデオディスクを出してくれる会社はないだろうか? ディベートのネタにも使えそうだ。
ちなみにこの映画の英国盤DVDに収録されているメイキング映像で実在のサンドラ・ラング氏の肉声に触れることができる。映画の末尾にもあるが、結局夫は1987年にアル中で死去。父親とは勘当状態となって、死ぬまで会えず、母は、再会を果たした後、2001年に死去、そして男兄弟とは現在までずっと没交渉でつきあいを拒否されているそうである。
本作は日本未公開。
監督のアンソニー・フェビアンはサンフランシスコ生まれ。メキシコ、フランス、英国にて育つ。UCLAの映画・TV大学院卒。『SKIN』の前までに5本の短編、4時間のドキュメンタリー、そして多数のクラシック音楽番組を彼の映像製作会社Elysian Filmを通して製作。国際的にも評価される。本作が彼の初長編ドラマ映画。以上IMDBの記述を参考に執筆。
1)かつてはボーア人とも言った。オランダ系植民者の子孫で、オランダ語が変化したアフリカーンス語が母語。
2)この概念については例えばこちらを見よ。野村一夫「社会学感覚」における解説 http://www.socius.jp/lec/20.html
3)そのあたりの表現は映画本編の中では弱められているが、DVD付録として収録されているブリティッシュ・フィルム・カウンシルに提出された映画のパイロット版ではその点が明確に描かれている。
4)これに関しては例えばWikipediaの「バントゥースタン」http://ja.wikipedia.org/wiki/バントゥースタン を参照。
原題『SKIN』監督:Anthony Fabian
2008年 南アフリカ=イギリス映画 カラー 107分(IMDBデータ)
DVD(UK盤)
発行・発売:ICA Films 画面: PAL/16:9(1:1.85) 音声: Dolby2 英・アフリカーンス・ズールー語 本編:107分
リージョンALL 字幕: なし 片面二層 発行年2009年10月 Amazon.Uk価格 £ 6.87
「両親は白人なのに肌の色は黒!過酷な運命をたどった女性の実話を映画化!」(シネマトゥデイ 2009.11.11)
http://www.cinematoday.jp/page/N0020680
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