『シテール島への船出』- 左右対立解消後の虚無感を描くアンゲロプロスの映画

 テオ・アンゲロプロス1984年の作品。『1936年の日々』から『アレクサンダー大王』までギリシャの近現代史を扱っ画像てきたあと、再び同時代に回帰した作品。ギリシャの右派軍事政権崩壊後の虚無感を描いた作品で、後の、鉄のカーテン崩壊後の東欧の状況を予見するような作品。

本作品のあらすじについてはこちらを参照(Goo映画)
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD14323/

 元々ギリシャは戦前から戦後にかけて、左右の政治的葛藤が激しく、このあたりの事情はアンゲロプロスのギリシャ歴史三部作の中で象徴的に描かれている。特に終戦後から1949年にかけてギリシャ内戦が勃発し、内戦終結によって共産党勢力が一掃された。本作品の映画中映画で父親スピロはソ連(まだ映画が製作されていた当時ソ連は崩壊していなかった)からギリシャに帰国するが、スピロは共産党系パルチザンの一党であり、ギリシャ内戦でソ連に亡命した、という設定になっている。ギリシャ系フランス人の著名な作曲家ヤニス・クセナキスがフランスに亡命した経緯も同様なものであろう。
 そして1967年には親米軍事独裁政権が成立、国内の思想弾圧を行ったものの、キプロス問題での実質的な敗北により軍事政権の権威は失墜し、1974年軍事独裁制に幕を下ろすことになる。さらに1980年代に入り、選挙の結果パパンドレウの左派政権が誕生するまでに至った。この作品はパパンドレウ政権誕生後の時代状況を背景にしている。

 この映画の撮られた当時のギリシャは、民主的な選挙による政権交代はあるものの、軍事的暴力的な左右対立は解消された状況。そのなかでソ連に亡命していた元共産党の闘士もギリシャに帰国が可能になった環境が成立した(ちょうど、ヤニス・クセナキスの死刑判決もギリシャで撤回された頃)。

 いくつかのアンゲロプロス作品を見て思うことは、ギリシャというのは南北、東西分断こそ無かったものの、左右葛藤が激しかったという点で非常に朝鮮半島情勢に似ているという点である。そしてそれがアメリカの後押しにより右派軍部が力を持っていた点で、ちょうど「裏東欧」のような存在だったと言えると思う。従って、民主的な選挙制度を回復し、パパンドレウ政権の誕生が可能になったという事態は、言うならば「裏ベルリンの壁崩壊」と位置づけて良いのではないか。
 だから1984年当時のギリシャ(それは今日まで基本的に続いているのだろうが)は、「右派イデオロギーの崩壊」による「イデオロギーの終焉」を迎えた状況と言えそうだ。とはいえ、「イデオロギーの終焉」を迎えた世界が資本主義世界であるという点では今日の東欧と同じであり、その意味でも1989年以降の世界を予見するような存在だったと言って良いだろう。

 そのような中で帰国したスピロはいわば「イデオロギーの浦島太郎」状態。過疎化が進み殆ど住む人がいなくなった故郷の村の共有牧草地をリゾート企業に売り渡し、スキー場開発をしようという元村人たちの間で、一人共有地売り渡し反対を叫ぶスピロはもはや彼のイデオロギーと共に社会に居場所を失ったことを象徴する。
 しかし、信じるもの(イデオロギー)が過剰であったため、人々が殺し合う時代は過ぎ去ったけれど、その一方で信じるものが失われすぎて、もはや肉体しかよりどころが無くなって(映画中のヴーラの科白)、果たして良いのだろうかという問題提起が本作でなされている。港のブイに乗ったまま沖に流れ去っていくスピロの姿は、いわば行き場を失った思想イデオロギー漂流の時代状況を先取りして象徴するような場面。
 そして本作発表5年を経た1989年鉄のカーテン崩壊の後、一旦信念のよりどころを失った世界は、2001年に9.11を迎え、かつての政治イデオロギー激突の時代から宗教激突の時代へと大きくその位相を変えたのだった。

 本作品はご存じのように紀伊国屋から国内盤DVDが出ているが、昨年末フランス盤DVDが刊行された。その画質面での差異についてコメントしておきたい。本作の上映時間はIMDBの情報によると、ギリシャ版が138分、国際版は120分となっている。ところが日本盤、フランス盤ともDVDの上映時間は134分。これはおそらく両者ともギリシャオリジナル版のPALマスターを利用している結果だと思われる(PAL 4%早回し)。紀伊国屋のDVDにはPALマスター使用と書いていないが、おそらくPALマスターを使っている筈(紀伊国屋盤は意外にPALマスターを使っていても表示が抜けている場合が多いようだ。オリジナル素材の出所を必ずしも把握していないのかも)。
 ただし、同じPALでも両者が使っているマスターは明らかに異なる。マスターが劣悪だった国内盤の『旅芸人の記録』ほどではないにしろ、国内盤の解像度自体は明らかにワンランク落ちる(コントラストや色彩は結構良好だが)。あるいはLD用のマスターを流用しているのかも知れない。また埃やスクラッチノイズも非常に気になるという程ではないが散見する。輪郭線のゴーストもはっきりしている。
 それに対しフランス盤は、明らかにデジタル・レストレーションが施され、埃、スクラッチノイズはごく一部取り切れなかった箇所を除いては、かなり綺麗に取り除かれているし、フレームの上下動もかなり押さえられている。もちろん解像度は上がり、輪郭線のゴーストも目立たない。画像自体の印象は、全般にソフト気味ではあるが繊細感のある画像で、DVDとしては、90点以上つけられるかなり優秀な出来。なおフランス盤はフランス語字幕のみ。

原題『Taxidi sta Kythira(Ταξίδι στα Κύθηρα)』英題『Voyage to Cythera』監督: Theo Angelopoulos
1984年 ギリシャ映画 カラー

DVD(仏盤 アンゲロプロス作品集) 
発行・発売:Potemkine Films / Agnes B. DVD 画面: PAL/4:3(1:1.33) 音声: Dolby2 希語 本編: 134分(本作)
リージョン2 字幕: 仏(On/Off可) 片面二層(8枚組) 発行年2010年12月 希望価格 Eur 68.99


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  • イギリス盤 アンゲロプロス・コレクションDVD-BOX刊行予定

    Excerpt:  イギリスのArtificial Eyeからアンゲロプロス・コレクションと題してアンゲロプロス初期作品集のDVD-BOXが出る。 5枚組DVD-BOXが、10月に第1集、11月に第2集として出る予定.. Weblog: yohnishi's blog (韓国語 映画他) racked: 2011-10-10 07:41