スターリニズム体制下のハンガリーを描いた『Diary for My Children』

画像 日本ではおそらく全く紹介されたことのないハンガリーの女流監督、マルタ・メザロシュ(Márta Mészáros)の日記三部作の第一作目。監督の自伝的要素の大きな作品で、ハンガリーの戦後社会主義体制に対する、個人の目から見た批判的視点が反映された作品。本作も先日のハンガリー傑作コレクションDVD-BOX収録の一作。

 1947年、ソビエトに亡命していたハンガリー人コミュニストの一団が飛行機でモスクワからブダペストに到着する。その中にティーンエイジャーの少女ジュリ(Zsuzsa Czinkóczi)とその祖父(Pál Zolnay)が乗っていた。彼らの帰国の労を執ったのはハンガリー共産党の女性幹部マグダ(Anna Polony)。だがジュリは幼い頃祖国を発ち、彫刻家だった父と画家だった母はソビエトで亡くなっており、ジュリにとってその帰国は必ずしも喜ばしいものではなかった。コミュニストとして戦前から有名だった祖父とマグダは以前からの知り合いで、マグダとジュリも彼女が幼い頃出会っていたが、ジュリには記憶がなく、彼女にとっては殆ど他人。
 マグダはジュリを養子にして共産党の幹部指定だけが通える学校にも通わせるし、彼女の共産党幹部としての特権である映画館パスも寛大に彼女に貸し、ジュリはそのお陰で好きなだけ映画も見られる。だがマグダがジュリに示す好意や便宜にも拘わらず、ジュリはマグダに心を開けず、また共産党幹部師弟が通うエリート校にも馴染めず、度々学校をサボっては映画館通いをすることに。エリートばかりの学校の友達にも馴染めなかったが、ただ同じアパートの少年トミにだけは心を許す。そして彼女は義母よりも、マグダの友人で、フランスへの亡命の経験のある、工場幹部であるヤノーシュ(Jan Nowicki)にむしろ親近感を覚える。
 実は、ジュリが厳格なスターリニスト幹部であるマグダになつけないのは理由があった。実は彫刻家であった父はソビエトで、理由のよく分らないまま当局に拘束されそのまま行方不明になってしまったのだ。そして失意の母は病で死亡。その記憶が、イデオロギー的というよりは生理的なスターリニスト体制への嫌悪感となり、スターリニスト幹部や彼らの特権的生活に馴染めない感覚を与えていたのだ。
 だが1949年、ハンガリーにもスターリニストによる粛正の波が始まる。義母であるマグダは幹部として更に高い地位に就き盤石だったが、彼女はマグダの元を離れ、父の親戚を捜してそこに行きたいとの気持ちが強まる。そんな中、父親代わりに頼りにしていたヤノーシュが突然工場幹部の地位を追われる...

 本作は監督のマグダ・メザロシュの自伝的要素が色濃く反映された作品だと述べたが、DVD付属パンフレット、ならびにインタビュー映像によると、彼女は1931年ハンガリー生まれ。彼女の父は彫刻家のラズロ・メザロシュで、1936年に当時ソビエトの更正共和国だったキルギスに移住。だが、映画同様1938年に逮捕投獄され二度と戻らなかった。母は1942年チフスで死亡。1946年にマグダは一旦ハンガリーに帰国するが、その後再びソビエトに渡り、1956年にモスクワ映画アカデミーを卒業。卒業後はルーマニアに渡りドキュメンタリー映画監督として活動。1968年までに30あまりの科学や教育に関するドキュメンタリー映画をルーマニアとハンガリーで製作。1968年に初の長編劇映画『少女(Eltavozott nap)』を撮影。さらに1975年に撮影した『養子(Örökbefogadás)』がベルリン映画祭で金熊賞を獲得して欧米で高く評価される。そこで稼いだ資金で本作の撮影にかかるが検閲を通らず10年近く放置され、フィルムも廃棄されたものと諦めていたものの、自由化の波で再公開が可能となり、フィルムも発掘され、編集作業を終えて1984年に発表。それがその年のカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞している。
 モスクワ映画アカデミーではラリーシャ・シェピチコと同期であり、東欧の女流映画監督のパイオニア的存在で、彼女の映画活動は、ハンガリー国内では女性であるという偏見にかなりさらされたものの、欧米の女流監督評価の流れに、そして欧米での評価の高まりに助けられて映画製作活動が可能だったという。

 本作はスターリニスト体制真っ盛りのハンガリーの社会的雰囲気を伝えると共に、あからさまなイデオロギー的批判ではなく、少女の日常生活を通した生活面からの違和感を通した、いわば日常生活のミニマリスティックな視点からの批判で描いたという意味で、貴重な作品。映画の主人公ジュリの義母マグダに対する反抗は、もちろん、一般的な思春期・反抗期における反抗という側面も有することは確かであるが、決してそれだけではない、時代の雰囲気に対する違和感と反抗が描かれた作品である。

 ちなみに、メザロシュ監督の日記三部作は本作、そして1986年『Naplo szerelmeimnek(Diary for my lovers)』[ベルリン映画祭銀熊賞]、そして1990年に発表された『Naplo apamnak, anyamnak (Diary for My Mother and Father)』。これ以外にも多数の作品を発表しているが、日本では殆ど知られていないようだ。

 なお、DVDの画質は若干ソフト気味の印象ながらもなかなか良好。

原題『Napló gyermekeimnek』英題『『Diary fo My Children』監督:Márta Mészáros
1984年 ハンガリー映画

DVD(UK盤) "Hungarian Masters Box Set (3 Films)"
発行・発売:Second Run DVD 画面: Pal/16:9(1:1.78 本作) 音声: Dolby1 マジャール語 本編: 102(本作)分
リージョンALL 字幕: 英(On/Off可) 片面二層(3枚組) 発行年2010年6月 希望価格 £24.99

ハンガリー文化センター
http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/hungary/

ラリーサ・チェピチコ『翼』映画評
http://yohnishi.at.webry.info/200902/article_10.html


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この記事へのコメント

2011年05月11日 18:06
はじめまして。わたしもこの作品を拝見したことがあったので、思わずコメントさせていただきました。日本であまり知られていないのが残念です。少女の心細い気持ち、両親への恋慕と現状との食い違いと言いましょうか、それが青春時代特有の不安定さとあいまって切なくなる映画でした。わたしが見たのも主人公と年が近い頃でしたし、そう感じたのかもしれませんが。
yohnishi
2011年05月11日 23:50
napocska様、今晩は。私のサイトをお読み頂き有り難うございます。
本作品を含めて、日本では東欧の映画監督の作品は、例え欧米では評価されていても、ごくわずかの例外を除いては殆ど知られていないようです。それでも60年代末~70年代に掛けてはぽつぽつ紹介されていたようですが、最近はさっぱり。
非常に残念なことではありますが...

因みにイギリスのSecond Runから出されているDVDは、おそらくスタッフが東欧系なのではないかと思いますが、東欧の古典映画の紹介に力を入れている(東欧だけではありませんが)貴重なソースです。PAL盤ですが、日本のパソコンでの再生は問題ありません。Amazon UKなどから簡単に買えますので、一度お試し下さい。

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