雲南省の巡回法廷を描いた中国映画 『馬背上的法庭(馬の背上の法廷)』

画像 2006年中国映画。雲南省の山間部、少数民族が居む地域を馬で移動する巡回法廷の判事たちの姿を描いた作品。なお、この様な巡回法廷は実際に存在し、本作品とは別に、2008年、NHK BS世界のドキュメンタリーの枠の中で「馬上法廷がゆく」というドキュメンタリーが放映されたようだ。

 長年巡回法廷を担当してきたベテラン判事のフォン(李保田)と彼を補佐する少数民族モソ族出身で地元の慣習法に詳しい女性判事ヤン(楊亜寧)のコンビ。だが政府の裁判システム近代化の方針により、小学校卒のヤン判事は今回の巡回法廷の旅を最後に引退させられることに。そして新たに彼女の後任として抜擢されたのが、都会にある大学の法学部を卒業して故郷に戻ってきたイ族出身のアールオ判事(呂玉来)。
 この三人が巡回法廷の旅に出ることに。裁判所のある町から来るまで出発する3人。やがてここから先車道がなくなる村で馬に乗り換えるのだが、そこでまず一悶着。アールオ判事はこの先にある婚約者の家にTVをプレゼントしようと、個人のTVを積んできており、余計な個人の荷物を運ばせるのだからと馬主に余計にチップを払おうとすると、慌ててフォンが止めに入る。「この馬は長期契約で予め金を払って借り切っているのに、余計なチップを払えば今後旅に出る度にチップを要求されることになる」
 そして、行く先々の村々では、近代的な感覚からすると珍事件が裁判に持ち込まれる。例えば、隣家の飼っていた豚が先祖の墓を荒らした、だとか、壺一つの使用権を巡る些細な隣家どうしの意地の張り合いやら...
 そんなどんな些細な事件でも一つ一つ誠実に対応し、人々の和解を試みようとするフォン判事とヤン判事に対して、大学出たての若いアールオ判事は、「こんなのはそもそも訴訟の対象にならない」と門前払いしようとする。それに対して、老判事は「法律を杓子定規に適用したら判断しようもない事件だからといって、争いがこじれて死人が出るまで待つ気か」と経験を元に若いアールオ判事を諭す。
 やがてヤン判事の出身の村に到着。ここでの裁判を最後にヤン判事は引退し、フォン判事らの旅の一行と別れそのまま彼女は留まる予定だ。長年結婚もせずに誠実に自分の片腕を務めてくれたヤン判事の慰労と感慨にふけるフォン判事。だが、その晩、大切な荷物と馬が何者かに盗まれてしまう。そこには何よりも大切な法廷の権威の象徴である国章が積まれていた...

 『トゥヤーの結婚』もそうだったが、中国の少数民族の生活に光を当てた作品。単に少数民族のあり方を紹介するだけではなく、近代的価値観と伝統的価値観の対立、葛藤が中心テーマとなっている。本作品もベネチア国際映画祭(ホライズン賞=新人監督賞)及び上海国際映画祭で賞を貰っている。フランスでの本作品配給会社、Pierre Griseのサイト(下記参照)に掲載されている監督ノート及びインタビューによれば、最近中国映画界は主に都市の変化(地方からの出稼ぎ農民「民工」の流入や経済的な変化等)に関心を集中してきて、農村部への関心が薄くなってきたが、しかし中国の広大な国土の多くは農村部で、都市での経験を単純に適用するだけではすまない多くの問題が山積しており、この部分に焦点を当てた映画を作りたかったのだという。

 何といっても寡黙だが誠実なフォン判事を演じた李保田の演技と、同時に雲南の山間部の美しい自然環境と人々を映し込んだカメラワークが素晴らしく、映画を見ている私たちも彼らと一緒に雲南の山間地を旅しているような気分に襲われる。そしてフォン判事の山間地の少数民族たちの生活にはせる思いや、長年自分の相棒を務めてくれたヤン判事への思いがじわじわと私たちに伝わってくる、何とも味わい深い映画になっている。決してプロットの巧みさや派手さで人々を惹き付けるような映画ではないが、いぶし銀のような渋い滋味のある好作品。

 なお、さきの監督ノート及びインタビューによると、舞台となった雲南省北西部は面積6000平方キロメートルに21万人、12の少数民族が住んでいる地域で、その多くは車の通れない険しい山道しかない地域。車が通れたとしても峻険で道路状態は悪く、度々大きな事故が起こり、道に熟達した地元のプロでなければとても運転できるものではないような地域(監督も撮影中に自分の運転で事故を起こし、それからは自動車の運転は地元のプロに任せ一切自分で運転することは止めたという)。2004年のこの地域の平均年収は70ユーロ。そしてこのような巡回法廷のコースが1000程度設定されているという。監督はこの映画の準備の為、実際に3人の別々の判事と6回に渡り巡回法廷のたびに同行して取材したそうである。
 このような地域であっても、法秩序の公正さを向上させなければならないが、実際には機械的な法秩序の適用では人々を納得させることはできず、地域の慣習や伝統を考慮しながら適用しなければ実効性が保ありてない。そのような少数民族の習慣や考え方、伝統などを数ヶ月にわたる巡回裁判同行取材を通して学んだ後、北京に戻ってシナリオを練った。この映画の目的は、伝統や習慣を残しつつも変化しつつある地方の模様を描くことにある、ということである。

 最近の中国映画はアクション、スペクタルやストーリー展開の巧みさで惹き付けるような、ハリウッドを彷彿させるような大作ばやりで、社会のありかたをじっくり見据えていくような映画が余りはやらなくなってしまっているようだ。国際的には高い評価を得た『トゥヤーの結婚』も国内的には余り観客を集められなかったようだ。その伝から行くと、本作もおそらく国内的、興行的には余り注目されなかったと推測される。
 先の監督ノートによれば、果たして、国際映画祭での反応の方がはるかに良く、中国国内では毀誉褒貶いろいろな反応があったが、やはりこの映画に描かれたような仕事に実際に携わっている人々を除いては、ぱっとしない反応だったという。とくにこの映画は地元の人々のユーモアに溢れた生活が描かれているが、中国国内の観客の大半はここに描かれているユーモアを全く理解できず、むしろ国際映画祭の観客がそのユーモアを敏感に理解したことに驚いたという。それどころか国際映画祭の観客が感動して涙まで浮かべたことについてはまさに驚愕であったとか。
 『トゥヤーの結婚』を気に入った方、あるいはかつて中国第5世代監督作品群がニューウェーブとして注目を集めた時代の中国映画に関心のある方には見逃せない映画となっている。

 本作品のDVDには少なくとも中国盤およびフランス盤が存在している。フランス盤DVDの画質はとても良好である程度の大画面の拡大投影に十分耐えうる出来。ただしフランス語字幕がハードサブでOn/Off不可となっており、しかもあるていどTVの小画面で見ることに配慮したデカ字幕なので、拡大投影するとちょっと邪魔なのが残念。ちなみにフランス語の題名は『Le dernier voyage du juge feng』。なぜ題名がLe dernier voyage du juge Yangになっていないのかは、実際に映画を見て頂きたい。
 中国盤の方には英語、伊語字幕が付加されているようだが未見。おそらく画質の方は余り期待できないのではないかと思う。

 雲南の美しい光景を感じるためにもできれば大画面で見たい作品。なお本作品は国内未公開。

 なお監督の劉傑は、1968年天津生まれ。1986年、北京芸術学院進学のため、北京に移る。そこでチェン・カイコーの『黄色い大地』を見て衝撃を受ける。翌年北京電影学院に移り4年間撮影を学ぶ。1992年から2003年まで主に独立映画を中心に撮影を担当。特にワン・シャオシュアイ監督とは名コンビで、その中には、中国最初の独立映画だった『デイズ(冬春的日子)』、『House(夢幻田園)』、『北京の自転車』が含まれているが、これらの映画は決して中国の観客の前に公式に上映されることはなかった。
 本作が監督としてのデビュー作。その後2009年の『Judge(透析)[公開邦題: 再生の朝に-ある裁判官の選択-」]』、2010年『碧羅雪山』を撮っている。『碧羅雪山』は本年上海国際映画祭で最優秀監督賞他4部門で賞を獲得(以上の情報源は、下記Pierre Grise DistributionのサイトおよびIMDB、mtime.com)。

原題『馬背上的法庭』英題『Courthouse on Horseback』監督:劉傑(刘杰)
2006年 中国映画

DVD(仏盤)情報
発行・発売:Arcadès Video 画面: PAL/16:9(1:185) 音声: Dolby2 中国語
本編: 101分 リージョン2 字幕: 仏(On/Off不可) 片面一層 発行年2008年9月 希望価格 € 19.95


Pierre Grise Distribution "le dernier voyage du juge Feng" (フランス語)
http://www.pierregrise.com/distribution/Courthouse-on-the-Horseback

王小帥監督、劉傑撮影『北京の自転車』映画評
http://yohnishi.at.webry.info/200809/article_13.html

王小帥監督『シャンハイ・ドリームズ』映画評
http://yohnishi.at.webry.info/200807/article_3.html

王小帥監督『二弟』映画評
http://yohnishi.at.webry.info/200810/article_3.html


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