アリ・フォルマン監督『戦場でワルツを』

 1982年のイスラエル軍によるレバノン侵攻に一兵卒として参加したはずの、アリ・フォルマン監督自身の、侵攻の際の記憶の欠落を一つ一つ探し出すことで、改めて自分自身の戦争責任に気付いていくというアニメーション映画。

あらすじはたとえばGoo映画(http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD14295/index.html)などを参照。

 ただ1982年のレバノン侵攻の際の政治情勢は複雑で単にイスラエル vs. パレスチナという対立軸で見ると、本映画を理解し損なう可能性がある。原題である「バシールとワルツを」という題名はイスラエル軍がキリスト教右派ファランヘ党系の自由レバノン軍と手を結んだということを示唆しているが、バシールが何者か分からない日本の観客に対して「戦場でワルツを」という邦題はやむを得ないところだろう。また自由レバノン軍の存在がレバノンのアラブ人社会にどのような禍根を残したのかは、下に触れている『戦禍の下で』などで如実に描かれている。

 1982年のイスラエル軍のレバノン侵攻を題材にした映画というと真っ先に思い浮かぶのはエラン・リクリス監督の『カップ・ファイナル』。そして直接1982年のレバノン侵攻を扱っているわけではないが、それと関係が深い映画がフィリップ・アラクティンジ監督の『戦禍の下で』(2006年の侵攻を扱っている)。自分としてはこの2作品が描いている1982年の侵攻の穴を埋める形で本作がすっぽり入ってきた。

 この作品に関しては既に多くの人が色々なことを語っている。例えばアニメーションでドキュメンタリーを作るという画期的かつ効果的な方法の斬新さ、イスラエルのサポートによるアラブ住民の虐殺を、ナチのホロコーストに例えることで、イスラエルの戦争犯罪を告発している等々。一方で、アラブ=パレスチナの人々が個々具体的な人間として登場して来ずに、記号のまま終わっている... 等々。

 私が本作を見て気付いたのは、イスラエル兵の戦場体験がアメリカ兵のそれと... 例えば『プラトーン』などに描かれる戦場体験と非常に似ているという点が一つ。訓練をやっている分には何かゲームのように予想された戦場体験が、実は極めてショッキングで過酷なものであること。そしてその落差への混乱。
 また阪神淡路大震災の時に神戸では町が目茶目茶だったのが大阪では全く日常そのままだったことにショックを受けた多くの人々がいたように、戦場では目茶目茶でもヘリで数十分飛んだイスラエル国内では普段と変わらない日常生活が営まれている落差へのショック...
 こういった心理面での洞察の深さ。
 一方で既述のようにアラブ人が記号のようにしか扱われていない、など社会的側面への洞察が不足しているという批判は浴びている。確かに本作に比して、エラン・リクリスが早い段階、つまり『カップ・ファイナル』で、既にリアルなアラブゲリラを登場させていた慧眼に感心する他はない。ただエラン・リクリスは明らかに活動家なのだ。それに対してアリ・フォルマンはおそらく活動家ではなく、普通のイスラエル市民であるのだろう。

 普通の多くのイスラエル市民は、近年のイスラエル政府によるユダヤ人=パレスチナ人の隔離政策により、パレスチナ人の中に個人的な知人はいないのが普通だ。リアルなパレスチナ人がどのように暮らしているのか想像すら付かない。そんな一般市民にとってパレスチナ人が記号でしかあり得ないのはやむを得ない点なのだ。そんな普通の市民だった彼が無意識的に乖離させ、忘れるよう脳の片隅に押し込めていた記憶を取り戻すことを通じて、イスラエルの戦争責任を自覚していく... おそらく一般のイスラエル国民にとってあのような形でしか自分たちの戦争責任を自覚することは出来ない... そこに本作の意義があると言えるだろう。

 そして、最近のイスラエルの隔離壁政策、... これはなイスラエル国民からのパレスチナ人やパレスチナ問題に対する、文字通り物理的・社会的な「解離」政策とは言えまいか。

 なお、本作を1982年のレバノン侵攻のガイドとして見るのは無理がある。他の映画や文献などと共に理解をして欲しい。下に本ブログで過去に扱った1982年レバノン侵攻に関連する映画を挙げておくが、これらの映画もやはりこれ一本を見ればレバノン侵攻について分るといった種類の映画ではない。戦争に関する体験、記憶というのものはそれぞれのものであって、それぞれ断片的であるということなのだろう。

エラン・リクリス監督『カップ・ファイナル』
http://yohnishi.at.webry.info/200905/article_8.html

フィリップ・アラクティンジ監督『戦火の下で』
http://yohnishi.at.webry.info/200905/article_1.html


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2010-05-12

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