『チェンジリング』に見るクリント・イーストウッドの反権力性

 人のあまり見ない映画ばかり漁っているので、あまりハリウッドの鳴り物入り大作を見る気になれない自分であるが、クリント・イーストウッドの作品ということで遅ればせながらレンタルDVDにて鑑賞。良い意味で期待を裏切られた作品だった。

 『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』でアメリカ政府の公式史観と権力に公然と反旗を翻したクリント・イーストウッドだが1)、本作までがここまで徹底した反権力映画だとは思いもよらなかった。
 そして、今回権力の腐敗に立ち向かっていくのは、母親としての真情、それに忘れてはならないのは、それをサポートしたキリスト教コミュニティである。権力 vs. キリスト教コミュニティという図式がアメリカの社会や政治に根付いているということを示してくれる。オバマ政権の打ち出した国民皆保険制度に対する、Tea Party運動による根強い反対のルーツがどこにあるのかも。
 それと同時に、日本社会とアメリカ社会はイデオロギー的に似ている様に見えて、その成り立ちが全く異なることも痛感させられた。日本社会にはアメリカ社会におけるキリスト教コミュニティに相当するものが存在しない。日本でコミュニティに相当するものといえば、実態として町内会や隣組になってしまうが、それらは歴史的には権力から自立しておらず、むしろ行政の下請けとして機能してきた。精神的にも、旧憲法下では、地域の神社の氏子会を、神社本庁を頂点とする国家神道の末端に位置づけることで、地域の自立意識を養成するよりも、国家権力への従属を進める道具として再構成してきた。
 そのことが、社会体制に対する批判が生まれたとしても、それが容易に国家権力に回収されてしまうとともに、権力自体への批判・監視に繋がらないという不思議な構図になる原因なのではないだろうか。例えば、行政の不手際が、官僚バッシングに転嫁され官僚に対する魔女狩りに終始する一方で、権力自体をきちんと牽制していくことに繋がらない。結局所詮「水戸黄門」を抜け出られないということなのだ。

 ただ、キリスト教コミュニティが常に善なるものであり得るのだろうか。ブッシュ政権は、キリスト教右派コミュニティに支えられたものではなかったのか。そのあたりをどう見るのかクリント・イーストウッドの答えが聞きたい。


1)勿論クリント・イーストウッドにおける「硫黄島」はイラク戦争に対するメタファーであるが、一体どれほどの日本人がそのことに気づいているのだろうか?残念ながら「アメリカ人も日本人が如何に勇敢だったかようやく気づいて褒めてくれた」というタコな解釈レベルに留まっているのではないか。


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