中国映画 『頤和園 (サマーパレス)』 (公開邦題: 天安門、恋人たち)

頤和園
 中国の監督、ロウ・イェの最新作(そして残念ながら、今後3年間は最新作であり続けるであろう)『頤和園 (Summer Palace)』がアメリカでDVD化された。日本でも公開予定がある様だが、どんどんずれ込んでいる様だ。
 本作品に対し、知る人は知るだろうが、中国政府から上映禁止処分ならびに監督に対し5年間の制作禁止処分が下されている。一旦上映禁止処分になっても、中国国内でのちにDVD化されて流通されると言うケースは幾らでもあるのだが、5年間の制作禁止というのはこの才能ある監督に対し、あまりにも厳しい処分と言わざるを得ない。本作品には、性描写の頻出並びに天安門事件の描写が含まれている。
 とはいえ、性描写自体は、アン・リー監督の『ラスト・コーション』の方がよほど激しいし、中国本土でも一部カットながら上映されている。だからといってアン・リー監督自身が中国政府から排除されている訳ではない(勿論作品自体、不快感を持って受け止められている部分があるのは間違いない1))。もっともアン・リー監督は元々台湾籍であって、中国政府は処分の下しようもなく、また監督の作品に対する露骨な弾圧は、もはや国籍を超えた中華圏の代表的文化人となった同監督、ならびに台湾に対する政治的配慮からやりようもないというのが実情であろうが。
 となると制作禁止処分を招いたのは天安門事件の描写に他ならない。本作品を見る限り、天安門事件の描写自体は極めて抑制されたものである。決して声高なイデオロギー批判や政府批判を叫ぶものではなく、学生の視点からの極めて私的な経験として描かれている。学生たちに発砲する人民解放軍の模様も、発砲兵士の姿は一切現れず、単に音と煙の中を逃げ惑う学生の姿が描写されているだけである。それでも厳しい処分が下されたということは、中国政府の天安門事件の記憶自体を封殺してしまおうという強い意志を推定せざるを得ない。

 映画の内容はロウ・イェ版『甜蜜蜜(ラブソング)』と言えよう。1980年代末から2000年代前半にかけて、ある男女の恋愛の行方と共に中国社会の変化を追っていく。但し、ピーター・チャンのような甘さは微塵もない。 
 映画は、1987年、中朝国境に近い朝鮮族自治区にある地方都市、図們からスタートする。朝鮮族の少女ユー・ホンは、同じ民族のボーイフレンドがいるが、北清大学(と映画上ではなっているが、事実上北京大学。そもそも頤和園は北京大学の裏手にあり、この題名は北京大学の暗喩となっている)からの入学許可を受けて、勇躍北京に上京する。
 北京での新たな学生生活をスタートさせたユー・ホンはドイツ留学中の彼氏のいる女友達、リー・ティ、その彼氏であるルォ・グー、そしてユー・ホンの新たなボーイフレンドとなるヅー・ウェイらと出会う。しかし、ユー・ホンはヅー・ウェイだけでなく他の男性とも情交し、ズー・ウェイとの諍いが絶えない。ズー・ウェイ自身も女学生に人気があり、ユー・ホンも落ち着かない。そんな中、北清大学の学生たちの間で政府に対する抗議行動が激しさを増す。
親友であるリー・ティは彼氏がどいつにいる寂しさと、国に対する絶望感から中国を離れドイツに向かう決意を固める。そんな中リー・ティとヅー・ウェイが学内で性交しているのを警備員に見咎められ、ユー・ホンとヅー・ウェイの関係がどうにもならなった最中、天安門事件が勃発。
 ユー・ホンは絶望の折り重なりに、大学を中退し帰郷を決意、昔のボーイフレンドに連れられ図們に向かう。そして仲間たちもある者は出国とバラバラになってしまう。
 そして年月は流れ...

 ロウ・イェは、前の記事でも私が述べた様に2) 「中国映画界の吉本隆明」であり、政治イデオロギー(公共領域)批判に別の政治イデオロギーを持って行うのではなく、私的な感情、情愛を対置する(吉本流に言えば「対幻想」3)というところか)。そのようなメタ次元での批判がロウ・イェの中国における新しさ、ラディカルさであるとともに、国家の側から見れば危ない側面であろう。ちなみに、英語版DVDのカバーには「二人の男の間で揺れ動くユー・ホンの存在的危機は、彼女のの国の危機の反映である」とあるが、そのあたりの解釈は微妙であろう。
 前回の『パープル・バタフライ』では複雑な構成を取ることで彼のラディカルさの目くらましをまんまとやり仰せたロウ・イェだったが、今回は引っかかってしまった。とはいえ、中国政府が彼の根本的なラディカルさに気付いているとはとても思えず、おそらく天安門事件を表現したという、極めて皮相的な一点に拘泥した結果であろう結果であるのは皮肉である。

 ところで日本でこの映画がどの程度理解される可能性があるかだが、私的領域の内実の貧しさもしくは飽和感が、皮相な国家イデオロギーの増強によって補償される様な傾向にある今日4) 、日本社会の向かっているベクトルは、この映画の持っているベクトルと正反対の方向である様に思われる。その意味では、この映画は、今日の日本において、視聴者を極めて選ぶ映画であることは間違いない。

原題『頤和園』英題『Summer Palace』監督:ロウ・イェ(婁燁)
2006年 中国=フランス映画

DVD(US版)情報
販売: Palm Pictures 画面: NTSC/16:9 音声: Dolby5.1/北京語 本編: 140分 リージョン1 字幕: 英(On/Off可) 片面二層 2008年3月発行 希望価格 $24.99
※なお、Amazon.comの情報によると画面は1:1.33となっているがこれは誤り。アナモルフィックである。


天安門、恋人たち [DVD]
角川エンタテインメント
2009-03-27

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注釈)

1) レコードチャイナ「<CM放送禁止>タン・ウェイだけなぜ?レオン様やリー監督に「お咎めなし」の謎」2008/3/10 http://www.recordchina.co.jp/group/g16489.html で、『ラスト・コーション』で日本軍協力者との性交シーンを演じたタン・ウェイの出演した化粧品のCMが放映禁止になったことを報じている。

2) http://yohnishi.at.webry.info/200803/article_3.html

3) 吉本隆明,(1968=文庫版1982),『共同幻想論』,角川文庫

4) その最たるものが、映画そのものを見ずして「反日」だと断罪する言説が容易に流れる『靖国』騒動であろう。とりあえず天安門事件が描写されたというだけで映画を禁止してしまった中国政府と、『靖国』を社会的に葬り去ろうという日本の世相とは50歩100歩である。いや、日本の動きの方が社会的であるが故に、より救いがないかも知れない。

他のロウ・イエ監督作品(国内発売のもの)


シアター・イメージフォーラム (7月より本作品ロードショー予定)
http://www.imageforum.co.jp/theatre/#


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