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zoom RSS なぜ朝鮮戦争は勃発したか - 沈志華著『最後の天朝』より

<<   作成日時 : 2018/07/09 07:50   >>

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 朝鮮戦争を先に始めたのは、北朝鮮−金日成側であるということは明らかであるが、ではなぜ始めたのかについては諸説あるところである。一昨年日本語訳が岩波書店から刊行された『最後の天朝』(沈志華, 2016,『最後の天朝』上下, 岩波書店)の上巻ではどう描かれているかを紹介してみよう(以下、ページ数は『最後の天朝』上巻のページ数)。

 中嶋嶺雄ならびに彼が紹介するアメリカの研究 (伝統派の学者) では、朝鮮戦争は北ソ中が共同で謀議し朝鮮戦争を引き起こしたとする説を採っている(p. 142)。だが、沈志華は、近年公開された文書を見る限りそれらの説の裏付けはとれないとし、その説を採らない。
 沈志華によると、もちろん、最初に南側の軍事攻略を主張していたのは金日成である。但し、パルチザン派出身の金日成はもともとソ連をバックに力をつけてきた人物であり、当然モスクワの承認なく事を進めることはなかった。
 だが当初ソ連は北朝鮮による南側の軍事攻略に対して否定的だったという(p. 145-6)。ソ連は、1946年初めまで、なるべくアメリカと協力していく考えだったという(pp. 72, 76)。そのため、そもそも中国東北部(満州)に関しても、基本的には一旦国民党政権に返すことに同意しており、表立って共産党政権樹立をサポートすることに消極的だったという(pp. 71-2)。当然、ソ連は、38度線以南に軍事的に進出することにも消極的であった。

 ただ、朝鮮戦争勃発の少し前の1950年1月末、突然スターリンンはその態度を翻した(p. 148-9)。それは中国との新しい中ソ友好同盟条約の交渉がきっかけだったという。この交渉の中でソ連は中国東北部に持つソ連の利権(鉄道の管理権、ならびに遼東半島の軍事基地の使用権)を基本的に中国に返上することになった。ただしこれには但し書きが追加され、非常時には、鉄道沿いのソ連の進軍および基地使用権を認めるとあった。そのため、内心利権を返上したくなかったソ連は、軍事的利権を維持するため、何らかの非常事態を作り出す動機があった(p. 150)。いわばその非常事態の名目として、金日成の南進計画に乗ったというのである。

 しかし、ソ連は軍を投入してまで金日成を支援する考えはなかった。ソ連は武器の供給や軍事訓練程度の軍事支援は行ったが(p.150-1)、金日成には、大きな支援を期待すべきではなく、毛沢東に支援を要請するよう通告した (p.153-4)。もともとソ連側としては、中国に対して自国の利権を確保するのが目的だったため、ソ連と金正日の間だけで南側侵攻計画を立て、中国側には後々までその計画は伏せられていた(p.152)。北朝鮮から中国側に南進計画が知らされたのは5月に入ってからであった(p.155)。またスターリンは、ソ連の援助だけで北朝鮮軍が持ちこたえられるならば、北朝鮮へのソ連の影響力を減らさないためにも、できれば中国軍の参戦を避けたいと思っていた(p.162)。

 一方中国側は、兵力はあるものの、ソ連のような近代的な装備のない、兵員数の多さのみが取り柄の軍隊であった(p.170)。もちろん、アジアにおける共産主義国リーダーの地位を狙ってはいたものの、まだ南部では国民党軍との戦闘が継続し、兵力を割いてまでも朝鮮半島の統一に与する余裕はなかった。

 朝鮮戦争の火蓋は北側が切り一挙に南側に侵攻したものの、やがて国連軍側の猛攻により戦局は押し戻されることになった。スターリンは中国側の出兵の同意を引き延ばしていたが(p. 168-9)。結局国連軍が38度線を越え、中国側が参戦する有利な条件が何一つなくなった時になってようやくスターリンは中国側に出兵を要請した。だからこそ、マッカーサーは中国側が出兵することは絶対あり得ないとトルーマンに対し言い切ったのであった(p.169)。

 したがって、朝鮮戦争勃発後、1950年10月にスターリンから出兵をを要請されたとき、中枢部では意見が割れたという。幹部の多くは出兵に否定的であった(pp.169-70)。しかし毛沢東は、中ソの同盟関係を高め、新政権の基盤を安定させるとともに、アジアでのリーダーとしての地歩を固める好機と考えていたようだ(p.141)。結局、司令官の彭徳懐の賛成でようやく出兵の方向が決まった(p.172)。

 なお、中国側は航空戦力が極めて貧弱であったので、ソ連による航空支援も不可欠であった(pp.174-5)。ただ、ソ連側は空軍の参戦まで二か月かかると話し(p.175)、さらに最終的には空軍サポート自体を拒否した(p.179)。それにもかかわらず最終的には毛沢東は出兵を決意した(pp.180-1)。

 また、中国側が兵力支援を行うことになった際の指揮権の問題も未定のまま朝鮮戦争に突入することになった(p.183)。ソ連製の最新兵器で武装したはずの北朝鮮軍がやすやすと国連軍に打ち負かされる状況に、彭徳懐は北朝鮮の軍事指揮能力に対し不信感を持ち、中国軍の指揮権を北朝鮮側に渡すつもりは毛頭なかった。このため北朝鮮側との間で指揮権をめぐって深刻な対立が発生した。最終的にモスクワの賛成で指揮権を中国側が持つこととなった。面目を潰された金日成は中国側に対しわだかまりを持つようになった(p.188)。

 さらに、中国軍の援軍で再び力を得た北側(金日成と朴憲永)は、その勢いに乗ってさらに素早い南進を主張したが、中国軍側はそれにも慎重な姿勢を見せた。それにも金正日は不満を募らせた(pp.192-7)。

 1952年下半期以降、戦線が膠着するようになると、金日成と朴憲永はそれまでの主張を覆し、早期の停戦を申し立てるようになった。しかし、国連との和解を主張する金日成らに中国側は不信感を抱き、さらに、捕虜の交換条件で中国側と国連軍側の折り合いがつかず、それから停戦までにさらに時間を要することになった(p.207)。



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