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zoom RSS なぜ福島原発事故は防げなかったか - 斎藤誠著 <危機の領域>より

<<   作成日時 : 2018/07/05 08:28   >>

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 斎藤誠は福島原発事故に対してどのような問題設定をしているだろうか?まず、斎藤はそもそも福島原発事故、ならびにそれを引き起こした大津波は本当に、「想定外」の「シビアアクシデント」だったのか、という問いを立てる。

 まず、斎藤が指摘するのは、法学上は、大津波は原子力賠償法上の「異常に巨大な天災地変」ではないということである。法学的には原発事故数か月で原子力賠償法上の「異常に巨大な天災地変」ではないと決着がついたという。その理由は、「異常に巨大な天災地変」とされると原子力賠償法第17条が適用されることになる。すると事業者の賠償責任は免じられるが、同時に政府はそれに代わって賠償責任を負うのではなく、被災者の救助及び被害拡大の防止しか行わない。つまり、誰も福島原発事故の損害賠償を負わないことになってしまう。そのため、歴史上同等程度の経験のある今回の天災は、とても「異常に巨大な天災地変」とは言えないというのは法学者の間では自明のことだったという(pp. 162-166)。斎藤の指摘によれば、福島の事態は「結構起こりうるバッドケース」であって決して「ワーストケース」ではないということになる。それを私たちの社会は十把一からげにしていたのではないかという(p. 166)。

 「異常に巨大な天災地変」とは、例えば、巨大隕石がぶつかるというような、どう考えても対策が立てようのない事態が想定されているのだ。

 そして斎藤は、同じことは、実は福島原発の事故対応それ自体にも言えるのではないかと言う。そもそも津波被災直後の福島原発は、ワーストケースではなく、十分に起こりうるバッドケースではなかったかと斎藤は指摘する。それを「ワーストケース」と十把一からげに誤って判断して、誤った対応を行ったことが福島原発の事故を深刻化させたのではないかというのが斎藤の結論の要点である。

 斎藤は地震発生直後の福島原発は、制御棒の挿入に成功し核分裂反応は停止し臨界事故状態ではなく、津波被災直後は、核燃料は水に浸かっていたので冷却材喪失事故でもなかったという(p. 167)。つまりまだ「シビアアクシデント」ではなかったという。ところが、2013年に出された『福島原発事故−東電テレビ会議49時間の記録』(岩波書店)および、政府事故調による、2014.9に公開された、当時の吉田昌郎福島第一発電所長に対する意見聴取結果書(いわゆる「吉田調書」)を見ると、事故直後の吉田所長は事態を「全交流電源喪失=シビアアクシデント事象(過酷事故事象)」と誤って判断し、炉心損傷が始まってから用いられる危機対応マニュアルに従っていたことに大きな問題があったという(p. 168)。
 要はバッドケースをシビアアクシデントと間違って判断したというわけである。そして、震災時点前にこのようなバッドケースの危機対応策はすでに講じられていたと斎藤は主張する(p. 168)。だが、それは実施されなかったのだ。

 斎藤の指摘する対応策とは、事故対応の「兆候ベース手順書」である。従来の事故対応マニュアルは「事象ベース手順書」であった。これは運転員が事故の原因(因果関係)を把握していることが前提となっていた。しかし、1979年に発生したスリーマイル発電所事故は、トラブルを誤って判断した運転員による人為的操作ミスであった。それを教訓として、トラブルの因果関係が把握できなくてもトラブルの兆候から対応するマニュアルとしてアメリカで開発されたのが「兆候ベース手順書」である。そして福島第二発電所がシビアアクシデントを逃れたのは「兆候ベース手順書」に従ったからであった(p. 172)。

 だが、兆候ベース手順書の日本への導入も長い時間がかかった。資源エネルギー庁で原発規制行政に携わった西脇由弘の手記(西脇由弘, 2013,「手記『セーフティ21』における過酷事故対策」, 未公刊)によると、規制当局は兆候ベース手順書の導入に強い拒絶反応を示したのに対し、原発のベテラン運転員はむしろ期待を寄せたという(p.176-7)。規制当局が抵抗したのは結局「行政の無謬性」の前提ためであった。紆余曲折ののち原子力規制委員会は1992年に兆候ベース手順書の整備にようやく乗り出し、福島原発でも1988年に兆候ベース手順書が備えられたという(p.178)。

 ただ、結局事故が起こった際に、兆候ベース手順書は、現場からも規制当局からも徹底的に無視された。そもそも事故対応に当たった責任者は兆候ベース手順書の概要さえ理解していなかったという(p. 179)。このことをいち早く指摘していたのは日本原子力研究開発機構の田辺文也だったという(田辺文也, 2012,『メルトダウン: 放射能放出はこうして起こった』, 岩波書店)。
 結局吉田所長と班目原子力規制委員長との間で取り交わされた怒号のやり取りはどちらも的外れであったという笑えない喜劇に帰着する(pp. 180-2)。

 ノンフィクションライターの門田隆将のように吉田所長を英雄のように扱う者もいるが、斎藤の姿勢はそのような態度とは距離がある。但し田辺や斎藤の見解は必ずしも常識となっているとは言えない。なぜ斎藤が田辺の見解を最も信頼に足るものと扱うのかについて疑問を感じる者もいるだろう。本書のあとがきでは、2011年以降、著者が多くの全国の原発技術者と面談しインタビューを重ねたことが記されている。斎藤の結論は、公刊された福島原発事故に関する資料の読み込みだけではなく、このようなインタビューの積み重ねから得られた技術者たちの持つ暗黙知(あるいは文脈知)に関する知識に依拠しているのだろうと思われる。

 斎藤のここまでの議論をまとめると、福島原発事故は、技術上はあくまでもバッドケースであってシビアアクシデントではなかった。しかし人為ミスによってシビアアクシデントになってしまった、ということになる。そういう意味ではスリーマイル島原発事故と本質は同じであった。しかもスリーマイル島原発事故の教訓は無視された。

 斎藤の議論をさらに敷衍すると、技術的可能性のみで危険性確率 (安全性) を語るのは、人為的ミスの確率を0%に見積もっているからであるが、実際には技術的危険性よりも人為的危険性の確率がはるかに高かった、ということになろうか。
 この辺りは将来 AI が発達すれば解消すると見るのか、それとも人為ミスの確率ももっと高く見積もって原発の危険性を評価すべきと考えるべきなのか、そのあたりが課題となろう。



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