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zoom RSS アプレ・ゲールの精神構造を浮き彫りにする日本映画『夜の女たち』

<<   作成日時 : 2017/02/04 20:25   >>

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溝口健二監督『夜の女たち』(1948)
 名匠、溝口健二監督が戦後いち早く撮った作品。終戦直後のパンパン(売春婦)を描いた作品。

あらすじはこちら。

Movie Walker『夜の女たち』
http://movie.walkerplus.com/mv26770/

 すでにあちこちで論じられているが、イタリア・ネオリアリズモの影響を強く受けた作品。田中絹代演じる大和田和子は、息子を育てながら戦争からの夫の帰りを待ち続け、自分の操を守るため、パンパンになったらどうかという誘いも断り続けている。だが夫の戦友から夫の死を知らされ、さらに栄養失調から最愛の息子も失う。
 やむなく夫の戦友が務める会社の社長、栗山の秘書になって、自分を支える。しかし社長が、朝鮮から引き揚げてきた妹の夏子とも関係を持ったのも知って、彼女を支えていたものがガラガラとすべて崩れてしまう。
 モラル崩壊と男への復讐心から、和子は夏子と住んでいたアパートを飛び出し、夜の街に繰り出していく...

 今日的観点からみると、いささか古典的な道徳観念や類型的人物描写などがいささか鼻につかないでもない。しかし当時アプレ・ゲール(apres guerre)と呼ばれた、かつては「モラル」正しい人々だったはずである日本人にとって、いかに一挙にモラルが崩壊し、極端から極端に走っていったのかを実感させるには非常に良い映画。

 和子にとっては守るべモラルとは、子供に対する責任意識や、男に対する貞操観念・自己犠牲精神であった。それが失われ、裏切られたときに、鋼がぽきんと折れるかのようにモラルが折れ、「男への復讐心」に燃え、あるいは「男に対する被害者意識」から、一挙に極端から極端に走ってしまう。
 ただ、和子にとっての男に対する貞操観念や自己犠牲精神に相当するものは、多くの日本人(特に男性)にとっては、国家への忠誠心であったのだと思う。それが敗戦によって、そして大本営のうそが暴露されたことによって国家に裏切られたという思いが、(日本国家に対する)一億総戦争被害者意識を生み出し、さらにアプレ・ゲールと呼ばれた敗戦後モラル崩壊がもたらされたという構造が、おそらく溝口監督(脚本: 依田義賢)の意図することなく象徴されているのが本作品であると思う。

 穿って考えれば、GHQ占領下、日本の多くの国民が天皇の代わりにマッカーサーに寄せた思慕も、和子が栗山に寄せた思慕のようなものではなかったか。そう考えたとき、なぜ日本人が連合軍の進駐過程で反抗しなかったのか、そして、マッカーサーの「日本人の精神年齢は12歳発言」(これは、必ずしもマッカーサーが日本人を貶めようとして行った発言ではなかったとの説も伝えられるが)がなぜあれほど日本人に反感を呼び起こしたのかが理解できようというものである。

1948年 日本映画
モノクロ スタンダード 74分





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