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zoom RSS <ゴーマンの時代>の終わりの始まり? - 五輪ロゴ取消問題

<<   作成日時 : 2015/09/02 12:41   >>

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 佐野研二郎氏の五輪エンブレムロゴが撤回に追い込まれた。この問題の第一のポイントは、「ドビ氏のデザインをパクってない」との佐野氏の主張が仮に正しいとしても、リエージュ劇場のロゴと五輪ロゴが「似てない」とは、多くの素人目には思えなかった (例えプロの目では「似てない」ということになりえたとしても) 、という点であろう 1)。

 だから個人的には、以前にも書いたように、「パクってはおらず著作権は侵害してはいないものの、類似はしている」点は素直に認め、五輪ロゴの商標登録を撤回して、リエージュ劇場のロゴの使用も尊重しますよという姿勢で、ドビ氏=リエージュ劇場側と和解を図るという方向があるのではないか、と考えていた。
http://yohnishi.at.webry.info/201508/article_11.html

 だがそれではショーバイにならないと考えたのか五輪組織委=佐野氏側は和解を探ろうとせず、最強硬姿勢を取った。だがそれが一転全面降伏である。何だかポツダム宣言受諾を思わせる負けっぷりである。

 これにはネットを中心とする世論の力が大きかったと思うが、なぜネットは組織委=佐野氏叩きに走ったのか?私見では次ののような段階があったと思う。

1) 素人目にはどう見ても類似性を完全否定できないものを、佐野氏が「全然似ていない」と強弁したために、佐野氏発言の信憑性全体が疑われた (「あまり似ていない」ならともかく「全然似ていない」はないだろう、というのが素人の大多数の感想ではないか)。

2) 法的には佐野氏=五輪組織委側が勝てるかも知れない。いや、勝てるのだろう。しかし五輪組織委が強硬姿勢を取ることで、問題が国際的に大きくなり、また長期化しかねず、日本の体面が大きく傷つけられた、あるいは長期的に傷つけられることになる、とネット民には感じられた。

3) 1)によって佐野氏発言の信憑性が疑われたため、ネット民が佐野氏パクリ行為の検索に走り、実際にトートバッグ等のパクリ行為が発覚したために、佐野氏の発言の信憑性が完全に地に落ちた。

4) そのうえパクリ行為が発覚すると、明らかに「佐野研二郎デザイン」と称して募集していたトートバッグのデザインの責任の所在に関して、自分は監修、アートディレクションをしていただけだと弁明したために、責任逃れをする卑怯な奴、と思われ、ここに至って、佐野氏は完全に「国賊」「在日認定 (=現代版「非国民」)」になった (この「在日認定」というのもどうかと思うが)。

 このように整理してみると、やはり最大のボタンの掛け違いは 1) にあったように思う。そして、五輪組織委が和解の方向性を探ろうとしなかったというのが二番目の要因だろう。

 では、なぜ佐野氏は、過剰なまでに全面否定に出たのだろうか。第一には、類似性も含めて全面否定することで、今後予想される法廷闘争を有利に進めよう、という点が指摘される。前にも書いたように、佐野氏の主張は法的ポイントを十二分に踏まえたものであった。
 第二には、強く出る、強面で出ることで世論の支持が得られると考えたのではないだろうか。

 例えばこちらを見て欲しい。

「今話題のアートディレクター・佐野研二郎の世界」NAVERまとめ
http://matome.naver.jp/odai/2138336392725949701

 このまとめの筆者は、以前は佐野研二郎氏を評して「『いい人』オーラがスゴい」と書いていたのだが、この騒動でかなり批判を受けたらしく、

『この滲み出る「いい人オーラ」がスゴいと思いませんか?』と過去に書いていたらご批判をいただきました…これは私の主観ですので修正いたします。

と8月17日に修正している。

 ただ佐野氏はかなり意図的に「いい人」イメージを演出していたであろうことは、以下のような記事からも伺える。

クリエーターズファイル「佐野研二郎」凸版印刷グラフィック・アーツ・センター
http://biz.toppan.co.jp/gainfo/cf/sano/p1.html

 だが、佐野氏の五輪ロゴ釈明記者会見では「『いい人』オーラ」の片鱗も見せず、極めて強面で高飛車な姿勢であった。佐野研二郎氏がかなり意図的に自己イメージ管理をやっていたと思われる形跡から (さすが広告代理店出身!!)、この記者会見の姿勢もかなり意図的なものであったであろう。

 おそらく佐野氏は、橋下徹氏の大阪府知事、大阪市長当選、安倍首相の高支持率等の流れから、今は <ゴーマンの時代> と踏んだのであろう。そうすれば、古市憲寿氏の主張のようなオリビエ・ドビ氏バッシングの方向に世論を持って行けると...
 考えてみれば漫画家の小林よしのりが「ゴーマンかまして良かですか」と言い出した頃からその伏流水はあった訳だが...

 だが、今や<ゴーマンの時代>は終わりはじめているのではないか。元々は民主党政権時代の政権が叩かれまくる<ユルい時代>の反動として始まった<ゴーマンの時代>、その終わりの兆候は、昨年末の衆院選で次世代の党の大敗北に見られた。つまり、自民党より右にもはや政治的市場がなくなってしまったという点である。
 そして大阪都構想の否決、安倍政権による安全保障関連法案の強行採決に伴う、内閣支持率の急落... 日経の世論調査では戦後70年談話後内閣支持率が急回復したというが、それも70年談話が、当初の首相の意向とは異なり妥協的性格になったからだろう。いずれも<ゴーマンの時代>の終わりの始まりを示唆しているように思われる。橋下徹氏の大阪都構想否決後の謙虚な記者会見も、<ゴーマンの時代>の賞味期限切れを、身を以て実感した、いち早いイメージ変更であろう。

 それもそうだろう。ゴーマンかまして成立した安倍内閣のアベノミクスによる効用は、円の下落に伴う、ドル建て取引の円貨評価による数字のトリックによる「好景気」演出を除けば、中国人観光客の爆買いしかない。ゴーマンかまそうにもかましようのない体制を安倍政権は作ってしまったのだ。

 その中で、<ゴーマン>かませば世の中良くなるとは限らない、と皆が考えるのも当然ではないか。

 その中でイメージ設定の焦点を完全に読み違えた佐野研二郎氏がむしろネット民の疑惑を深めた、というのが今回の騒動の核心だったのではないか。策士、策にはまったというあたりか。

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 とはいえ、日本社会の最大の問題点は、例え<ゴーマンの時代>が終わりつつあるとはいえ、「袋叩き」が流れを作るという構図は変わっていないということ。
 橋下徹氏も公務員バッシングでのし上がったし、安倍内閣も民主党バッシングでのし上がった。「袋叩き」を利用するものが世の中を制するという構図は変わっていない。

> なんちゅうか、ここまでくると佐野氏の件はどうでもよくなってて、大勢の人が安全な場所から個人を叩き続けて、
> 恥ずかしいとも思わない風潮が嫌すぎ。
> 日本社会やオリンピックのためを思ってなのかもしれないけど、理由があるから叩いて可とはならない。
> 連続通り魔殺人とかの犯人だって、無制限に叩いていいわけないよ。有名犯罪者の家族がどうなるか
> 知ってるでしょ?
> 「民度が低い」としか言いようがない。足元の地面が崩れていく感じ。それに、落ち度がなくとも自分も
> 叩かれる側になるかもという恐怖。騒いでる大半の人にこの恐怖はないだろうけど、それが「安全圏
> から叩く」なのだ。

というあるデザイナーの感想は非常に同感であるが

「例の件で、勝手にダメージ受けてるヤツがいます」 MAG2 NEWS 2015.8.31
http://www.mag2.com/p/news/27248/2

自分がバッシングされる側に回りかねないときにそう思うだけではなく、自分自身が安全圏にいるときもそういう日本社会を徹底的に批判して欲しい。今「足元が崩れていく」のではなく、元々足元が崩れていたのだ。

同じ記事で、

>思い出したけど、日本人はそんなことしないよなあ! って思った映画の場面。一つはタイ製のウルトラマンが
> テレビで紹介されたとき、ウルトラ兄弟たちが無抵抗状態の怪獣を代わる代わる袋叩きにする場面。
> もう一つは、映画「空軍大戦略」で、乗員がほとんど全滅状態になって煙を引きながらよろよろ飛んでるドイツ
> 軍の爆撃機He111を、主人公たちのスピットファイア戦闘機がやはり代わる代わる蜂の巣にしてヒャッハー!
> の場面。
> ……それはとても違和感があり、恥ずかしいことだと思ってた。

とあるがが、もう「日本人はそんなことしないよなあ!」という認識は最早間違っているのではないか。
多分、『ゴレンジャー』のあたりから。そして、それを加速したのは、2chあたりか。

1) 例えば、

「五輪エンブレムパロディの“おでんポスター” 不許可の組織委員会に「その権利はあるの?」の声も」 Livedoor News 2015.8.21
http://news.livedoor.com/article/detail/10495630/
このおでんポスターを、五輪ロゴと似ているからという理由で五輪組織委が不許可にするぐらいなら、リエージュ劇場のロゴと五輪ロゴが似ていないという東京五輪組織委の主張も、当然おかしいと思うのは、素人ならふつうだろう。しかも著作権法上は、アイディア自体は保護しないはずであるが、五輪委はアイディア自体を問題にしているのではないか?



前回アップした記事と同日に次のような記事が...

「しくじり佐野研二郎氏に足りない「リスペクト」と「許される力」」 竹井善昭 2015.8.25 ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/articles/-/77265

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