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zoom RSS “採点”するなら、あれは百点満点だった - 小田嶋隆コラム

<<   作成日時 : 2015/09/01 08:26   >>

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以下に全面同感

「“採点”するなら、あれは百点満点だった」 2015.8.21 ア・ピース・オブブ・警句 (小田嶋隆・日経ビジネスオンライン)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/082000008/

この文の趣旨は...
「作文」としては100点満点だが、メッセージとしては意味不明。

閣議決定、アジア近隣諸国やアメリカから要求される

「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「心からのおわび」

という4つのキーワードの使用

そして安倍首相の

「自分の名前で謝ることはしたくない」
「私は先の大戦を侵略戦争だとは思っていない」
「植民地支配は第一次大戦以降の時代背景から、当時の日本が外交上の必然として選択したひとつの政策であって、現代の常識からすれば錯誤と評価されるものであるのだとしても、日本だけが為していた悪行ではない」
「従軍慰安婦という言葉は使いたくない」
「戦時の謝罪に一定の区切りをつけることを明言しておきたい」

という要求

これらをすべてクリアしろというミッション・インポッシブルな作文

> 興味深いのは、大学で教鞭をとっている人たちの多くが、ふだんの政治的な立場とは別に、
> 談話原稿の出来栄えをおおむね高く評価していた点だ。

> おそらく、論文を採点することに慣れた人たちは、今回の談話原稿の課題達成度の高さと、
> レトリックの巧みさと、論理構成のアクロバットの見事さに、高い点数をつけずにおれなかったのだろう。

だが小田嶋は

>「談話」は、「答案」としては満点でも、「演説」としては、意味不明だった、と、そうとらえるのが、
> 一番当たり前な読み方だということだ。

と言う。

> 悲しいのは、21世紀の日本では、こういう「当たり前の読み方」が、軽んじられていることだ。
> ツイッターでは、村山さんが、テレビで「よくわからない」と語っているテロップ付きの画面が
>「おじいちゃんにはむずかしかったかな?(笑)」
> という解説付きで、拡散されていた。
> そういふうにして、一般の人間の当たり前な感想を揶揄嘲笑する声が、ネット世論のかなり大きな部分を
> 代表している。
> なんと悲しいことではないか。

御意。

小田嶋隆氏の評価に全面賛成なのだが、しかし、私は小田嶋氏よりスピーチライター氏を評価するとすれば、


出さなくて良い「戦後70年談話」を出したいと駄々をこねる安倍首相に対し、形式的には談話を出しながら、事実上談話を出さなかったことにしたスピーチライター氏の手腕を評価する ... というあたりか。

つまり

意味不明 = 事実上談話は出さなかった

という点を買いたいってこと。










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