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zoom RSS 井上準之介はどのように間違い、高橋是清はなぜ正解にたどり着いたか? (1)

<<   作成日時 : 2015/08/06 06:50   >>

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 先日書いたように、マルクスは1870年代の段階で金本位制の問題点、特に恐慌時におけるそれ、について指摘していたにもかかわらず、1929年の世界恐慌まで世界の金融政策担当者はその問題点に気づいていなかった。

 ところで、日本の、1929年の大恐慌の時の対応はどうだったのか。井上準之介はどのような認識で誤った政策を突き進み、逆に高橋是清は、とりあえず恐慌脱出という観点から、どうして正解にたどり着きえたのだろうか?

 この点が気になり、まず井上、濱口を描いた城山三郎の『男子の本懐』を読んでみたが... とりあえず、軍の暴走を止めなければという濱口雄幸の (そしてその問題意識は井上準之介も共有していたが) 「男子の本懐」は共感できるものの、でも結局、井上が信じていた経済政策はやっぱり間違っていたでしょう、とは言いたくなってしまう。軍に対峙した政治家としての濱口、井上の姿 (その気概) は分るものの、経済政策家としての井上の描写には不満。また井上は日銀総裁をやっていた時には高橋是清と協調していたという。なぜ高橋と経済政策路線が異なってしまったのか、高橋が転向したのか、それとも井上が転向したのか、転向したとしたらそれはなぜなのか... やはり疑問が残る。

 次に手を取ったのが、長幸男, 2001 (初版1973),『昭和恐慌 -日本ファシズム前夜』, 岩波書店 であるが、これは名著。井上の政策的視点だけでなく、当時のマルクス主義者の認識にも言及があって、当時の金融政策者たちの考え方が一覧できる。

 以下、長の著書の内容から、当時の日本の金融政策の考え方を紹介する。

 まず大前提として、当時日本の金解禁/反解禁論争の基本的流れでは、貨幣政策の本流は金本位制であるという信念は共有され、問題は解禁の時期の問題に過ぎなかった、つまり今ほぼ解禁の準備が整ったと考えるか、もっと準備が必要なので遅らせるべきかという論争に過ぎなかったという点である(長, 2001, p. 100-101, および 254)。大蔵省は金禁輸を「戦時において採用せられたる異常の措置」と1924年の資料に見解を述べていた (長, 同ページ)。
 なお、当時の政策として政友会は積極財政支持・金解禁には慎重姿勢、それに対し濱口が後に率いる民政党は緊縮財政支持・金解禁積極という姿勢であり、高橋是清は民政党の政策には批判的な立場であった (長, 2001, p. 61-2) 。

 井上も大正期は日銀総裁・蔵相として積極財政・救済政策路線 (財政緊縮ができないので、旧平価での金解禁は遠ざかる)を走ってきたので (長, 2001, p. 61)、高橋とは同士的な立場だったと言える 。

 やはり井上が本格的に転向するのは、ヴァルガの言う1924年以降の為替相場安定化の時代 (長, 2001, p. 93-4) 以降のようだ。後に、1925年になって井上はもっと早く金解禁すべきであったと主張しているが (長, 2001, p. 53-4)、その本人は23年震災対策内閣の蔵相に就任して積極財政を行っている (長, 2001, p. 55-6) 。とはいえ、少なくとも大正期までは井上も高橋も、本道は金本位制という理解は変わらなかったであろう。

 井上の転向は、世紀の経済政策の大転換を行おうという野心もあったのかも知れないが (長, 2001, p. 61)、基本は25年のイギリスの金本位制の復帰に対応して、国際派経済行政の道を示そうという姿勢にあった (長, 2001, p. 267)。それは「国際金融市場に日本経済を組み込んで前途をきりひらこうという井上の国際金融のベテラン・バンカーとしての理論と構想が、金解禁推進への彼の確信を生んだ (長, 2001, p. 268)」という訳である。

 また、日本もいずれ金解禁にという国際経済の流れ (あるいは「空気」と言うべきか)は確かにあり、金解禁をしないことは経済外交上のハンディキャップと見なされていたと長は指摘する (長, 2001, p. 100)。

 ただ、長の著書、251-3頁に引用されている大蔵省の金解禁賛成/反対論対照表を見て気づくことは、日本が一次産品を輸出するという観点が全く欠落している。あくまで、金解禁による為替の上昇で国内物価の下落および輸入機械・原材料価格の下落が必要という議論ばかりである。ここで「国内物価下落」という指摘があるが、当時の一般庶民が輸入商品を今日のように大量に消費するとは考えがたく、決して物価下落で庶民を救済するという話ではないだろう。基本的には産業目線しかなく、内需・庶民生活への配慮はない。おそらく輸入機械・原材料価格の下落という話も製品加工輸出がメインターゲットだろう。

 長は大内兵衛の「新平価説の実現難」(1929)の一節を引きながらこう論じる。

「『生産原価の切り下げ』『財界全体の緊縮気分』『財界に更正力を与える』等のことを、貨幣に関する政策によって実行せんとすることである。... この論者が、日本の経済一般について楽観的なのは、特に堅実な事業的立場を基礎として日本全体を見ているためである。かかる楽観を有するものにとっては、平価切り下げ論 1) は、必然に、また当然に『極めて臆病な金解禁の効果を裏切ろうとするものにすぎぬ』! 」つまり、現状認識は大内の指摘するように、「実業方面乃至は所謂『金融資本』の内でも内容確乎たるもの」の自己認識であったのである。−−それが僅か二年間の旧価復帰に過ぎず、しかもその間の経済的・社会的危機の激化と再禁止=事実上の平価切り下げによって、実力の過信であることが実証されたのであるが。(長, 2001, p. 269-70)

 つまり井上らのこの認識は日本の金融資本の、自己の過大評価を含んだ、自己認識だったということである。


1) 「平価切り下げ論」とは、金本位制に復帰するにしても、元の円/金交換レートではなく、(現在の円の実力に応じた) 円を切り下げた交換レートで金本位制に復帰すべきという議論。つまり円安容認論であり、金輸出禁止の間は、外国為替の上で円安に振れている当時の現状を考えると、「平価切り下げ論」は「金解禁反対論・延期論」と円安容認論という意味では同値である。
 これに対し井上の主張した金解禁=金本位制の復帰は、旧平価、つまり昔の円高レートで金本位制に復帰すべきと言う議論。

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