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zoom RSS 佐村河内問題の「罪」と「不愉快さ」

<<   作成日時 : 2014/03/19 22:30   >>

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 本年(2014年)2月6日、『週刊文春』に「全聾の作曲家佐村河内守はペテン師だった!」という記事が掲載されると共に、同日作曲家の新垣隆氏が記者会見を行って、佐村河内名義曲をゴーストライダーとして作曲した旨告白した。

 これについて社会から「騙された」、「怪しからん」といった反応が出てきている。

 だが、このような佐村河内氏に対する「詐欺師」という非難の声の割には、よく考えてみると佐村河内守氏がどのような「犯罪」を犯したのかは明らかではない。おそらく刑法上の詐欺として訴追可能なのは、仮に聴覚に障害があるというのが全くの嘘だとすると、障害者手帳のニセ受給程度であろう。

 自分が作曲していなかった曲の著作権を横取りするのはいかにも「ペテン」であるように思われる。しかし実際の作曲者である新垣隆は著作権を放棄する旨記者会見で述べている。そしてさらに考えてみると人格を持つ個人である佐村河内守氏が著作権を横取りした、と言うといかにも「悪」そうだが、人格を持たない記号としての「佐村河内守」であるとしたら... 例えばプロダクション「佐村河内守」が発注したと考えればどうだろう。アニメーションなどで、実際には創作に携わっていない発注元のTV局が著作権を持って行ってしまうという事態はよくあること(それ自体問題だと考える考え方もあるが、ここでは一旦置いておく)。

 著作権には、財産権(著作物から収益を上げる権利)、人格権(著作物に著作者を明示する権利)、同一性保持権(著作物を著作者の意に反して改編されない権利)の三つの権利が含まれると言われる1)。またアングロサクソンとそれ以外のヨーロッパの著作権の考え方も異なり、アングロサクソンではもともと著作権は譲渡可能なものと解釈するのに対し、それ以外のヨーロッパでは容易に譲渡できないと考えられてきたとも言われる。
 ともあれ、著作物の使用料を受け取る権利は著作財産権に含まれると共に、日本の場合は譲渡可能なものとして扱われている(著作権法第61条)。一方著作者人格権に関しては日本では譲渡できないものと定めている(著作権法第59条)。

 佐村河内問題の場合、新垣氏が著作権を放棄するという意志を示しているということは、約700万円という対価をもらって佐村河内氏に著作権(著作財産権)を譲渡したと考えていると思われることから問題はない。著作者人格権に関しては問題があるとは言える。そして新垣氏の記者会見自体、彼の著作者人格権の行使そのものと言えるだろう。ただ、新垣氏はこれらの曲が自分の曲であると表示して欲しいということまで要求している訳でもないようなので、新垣氏が佐村河内氏の訴追を考えない限り著作権法上の問題は全くクリアしてしまう。

 結局、新垣氏の記者会見の意味は「偽ベートーベン」騒動の片棒は担げないという、その一点だったように思う。

 ただ「偽ベートーベン」は詐欺罪と言いうるかというとこれは微妙だろう。例えばCDを購入したが、そのCDに曲が入っていなかったとなれば明らかに詐欺罪である。しかし、その作曲者は誰であれ、音楽は音楽であると考えれば、明らかに期待していた音楽を購入できたのだから、詐欺罪は成立しない。新垣氏が作曲しようが「偽ベートーベン」が作曲しようが、最初からよい曲はよい曲、ダメな曲はダメな曲なのだから。「偽ベートーベン」が作曲していたから名曲であって、新垣氏が作曲していたと分かったら駄作になる、ということはあり得ない。

 そういう意味で佐村河内氏は、刑法で問われる「犯罪」としては、せいぜい障害者手帳の搾取が問われる程度と言えるのではないか?

 だとすれば、一般の人が感じる佐村河内問題の「不愉快さ」の本質とは何なのか?

 少なくとも私たちが佐村河内氏から「音楽」を買っていた、あるいは「音楽」を期待していたとすれば、実は彼は何一つ罪を犯していない。もし、私たちが佐村河内問題に「不愉快さ」を感じるとしたら、それは私たちが佐村河内氏から買ったり、期待していたものが実は「音楽」ではないからに他ならない。「音楽」ではないとしたら、一体私たちは何を消費していたのだろうか?

 新垣氏が記者会見した直後、たまたま見ていた民放の情報番組(番組名は忘れてしまったが)の司会者が、新垣氏に対して「一体なぜ今の時期になって公表するのでしょうか」とコメントを入れていた。私はそれを見て、「なんて頭の悪い司会者だ。新垣氏はソチオリンピックでフィギュアスケートの高橋大輔選手が『佐村河内の曲』で滑って注目を浴び、問題がもっと大きくなってしまう前に事態を収拾したかったからと言っていたではないか。何を聞いていたのだ」と内心司会者に毒づいた。
 だが、後になって、司会者がどうしてこのような馬鹿なコメントをつけたのかを考え直してみて、結局次のような結論に思い至った。

「司会者のあの一見馬鹿なコメントは、実は今まで自分たちが騙されていたことを暴露されてしまったことに関する、新垣氏に対する怒りの表明なのではないか?」

 逆に言えば、私たちは佐村河内氏に騙されたかった、騙して欲しかったのだ。決して私たちは佐村河内氏に「音楽」を期待していた訳ではなかったのだ。彼に期待していたのは「騙されること」だったのだ。そして佐村河内問題の「不愉快さ」とは、せっかく気分良く騙されていたのに、騙されていたことが暴露されてしまったことに対する不愉快さなのだ。

 結局私たちが消費していたのは決して音楽ではなく「初音ミク」のように実在しない架空の「佐村河内守」というキャラクターだったのである。

 そして私たちは、今も騙されたがっているのではないだろうか。「小保方晴子」しかり「アベノミクス」しかり...

 私たちは韓国アニメ『サイビ』2)に描かれた韓国社会を決して笑うことは出来ない。


1) 日本の著作権法の場合は、著作財産権を「著作権」、人格権、同一性保持権を「著作者人格権」にまとめている。

2) 『サイビ(似而非)』については、以下で紹介している。
http://yohnishi.at.webry.info/201403/article_6.html

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