yohnishi's blog (韓国語 映画他)

アクセスカウンタ

zoom RSS 『南営洞 1985』 - 2012年公開韓国民主化運動三部作の一つ

<<   作成日時 : 2013/06/04 00:37   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像 2012年に韓国で公開された民主化運動三部作ともいうべき映画群の一翼を担う一本。監督は『南部軍』『ホワイト・バッジ』『折れた矢』などのベテラン、チョン・ジヨン。軍事政権時代の拷問捜査の実態を描いた作品。原作は、韓国の国会議員、保健福祉部長官(日本の厚生労働大臣相当)、開かれたウリ党議長を歴任し、2011年に亡くなった政治家、キム・グンテの手記である「南営洞」。

 ソウル大学生時代に学生運動に拘わったキム・ジョンテ(パク・ウォンサン)は、現在一旦社会運動から身を引き、妻と二人の子どもとともに平凡に暮らしている。だが、彼の行動は24時間監視が付き、何か事件があるとすぐ警察の呼び出しを受ける状況。

 そんなある日家族と風呂屋を出ると警察が... いつものことかとパトカーに乗ると様子がおかしい。そして到着した場所は拷問で悪名高いKCIAの対共分室、南営洞だった。
 到着するとパク「専務」(ミョン・ゲナム)に、生まれてから今までのことを調書に書けと命令される。ろくに眠る時間も与えられず数日かがりで報告書を書き上げると、運動から身を引いた後はどうしたのか書かれていない、と指摘される。ただ休んでいただけです、あなた方はずっと監視をつけていたし、よくご存じでしょうと答えると、拷問が始まった。
 カン課長(キム・ウィソン)、ペク係長(ソ・ドンス)ら取調官によって膝の間に棒を入れられる拷問を受けているあいだに、外部から電話が入り、突然拷問が中止される。やがて「チャン医師」と呼ばれる医者のような人物が到着すると、彼は「診察」を受けることになる。ジョンテに拷問の傷が生々しく残っているのを確認すると、彼は取調官をこんなことをやっちゃいかん、と叱責する。そして彼にどんなことをされたと聞かれ、ジョンテがその人物にひどい拷問を受けたと訴えると、周囲が失笑する。画像

 実は彼こそが拷問技術者として悪名高いイ・ドゥハン(イ・ギョンヨン)であった。彼の言わんとすることは、裁判に出たときに拷問の傷跡が残ると、拷問によって「自白」させたことが明らかになり、まずいので、傷の残らない拷問をしろという趣旨だったのだ。彼は傷の残らない拷問として、死に至る直前で寸止めする「科学的」な水拷問をイ・ギョンヨンに与える。
 一連の拷問を終了すると、イ・ドゥハンは、「これで何でも喋るはずだ」と言い残して出て行く。
 結局彼らの目的は彼が北朝鮮の指令を受け、暴力革命を計画していたという「自白」を得ることだった。抵抗すれば、死んだ方がましかと思われる拷問に再び掛けられる。はかない抵抗も空しく、彼には「自白」するしか選択肢が残されていないのだった。
 だが、問題は「自白」はあくまで、自主的に行われなければならないこと。とはいえ彼には何を自白したらよいのか見当も付かない。何と答えればいいのかと尋ねれば、反抗的と見なされ再び拷問で脅される。
 さらに調書が一通り仕上がった後は、その内容を裁判ですらすら答えられるよう覚えなければならないのだった。

 そんな中、取調官たちも劣悪な労働環境で働いていることも見えてくる。一旦取り調べに入ると、1週間家に帰れない捜査員たち。家族関係に問題を抱える捜査員もいたり、忙しさのため好きな女性に振られたり...
 「こんな仕事やりたくねぇ」と思わずこぼした、若い全羅道出身のイ係長(キム・ジュンギ)にジョンテが、「だったら職を変えたらどうですか」と声を掛けると、「ソウル大出身のあんたならいくらでも職があるだろうが、学のない俺を受け入れてくれるところがどこにある」と切れられる...

 本作は先も触れたようにもと保健福祉部長官キム・グンテが政治家になる前の1985年9月に実際に経験した拷問に基づくもの。イ・ドゥハンのモデルとなった、通名「チャン医師の次男」と呼ばれた実在の拷問技術者の実名はイ・グナン。
 キム・グンテはKCIA・南営洞の対共分室の存在を世間に告発するために、イ・ミジャの歌謡テープの中間に自分の経験談を録音したテープをアメリカの人権団体に送りつけ、はじめてこの組織の存在を世界的に知らせたことで知られる。これにより彼は「世界の良心」として、1987年ロバート・ケネディ国際人権賞を受賞した。
 彼は1987年6月の「民主抗戦」を経て1988年釈放され、1989年に全国民族民主運動協会に入り、政策企画室長、執行委員長を歴任。1995年に民主党に入党し、1996年以降国会議員、2004-5年に掛けて保健福祉部長官を務める。しかし2007年、拷問の後遺症でパーキンソン病と診断され、2011年脳静脈血栓による合併症により死去した。(以上Daumデータベース情報を参考に執筆)
画像
 本作品の位置づけはかつて2003年に、元北側の兵士であった非転向政治犯キム・ソンミョンを描いた映画『選択』(監督: ホン・ギソン)に非常に近いと言えよう。軍事独裁政権の時代が忘れ去られ掛けている時代に、敢えて極めてストレートにあの時代の記憶を思い出させようという作品で、奇をてらったところが全くない。
 そういう意味では拷問の体験をまざまざと再現するべくストレートに描かれているので、見ていて辛い場面も多数ある。ただ、一本調子の告発調とは限らず、捜査員たちも過酷な労働条件に置かれていたこと(半分はその過酷な労働条件に対する鬱憤晴らしの側面もあったと思う)、捜査員の人間性もある程度描いている。そして、逆にそれとの対比で「科学的」、冷酷かつ機械的に職務を「遂行」するイ・ドゥハンの非人間性を描いている。
 そして最後にキム・ジョンテのやりきれなさの描写のうまさ、そして現在もイ・ドゥハンというよりは実在のイ・グナンに対する怒りを励起させるストーリーテリングの力。ベテランの活躍が難しい中、チョン・ジヨンの健在ぶり、そして彼のあの時代への怒りと意気軒昂さを知らしめる一本。紛れもない韓国現代史の一つの証言であろう。
 韓国社会へ関心を持つ人に推薦したい。

 本作の韓国での封切りは2012年11月22日。大統領選を見据えた公開時期の選択だろう。韓国での観客動員数は33万2597人(KOBISデータ 2012年)。ヒット作とは決して言えないものの、内容の厳しさからみれば十分健闘した数字と言えよう。またDaumでの注目度も高い。ただおよそカップルで見に行くような映画ではないので、そのため観客数が伸びなかったのだろう。2012年釜山国際映画祭、2013年ウディーネ東アジア映画祭出品。国内では本年7月に上映会が予定されているようだ。

原題『남영동 1985』 英題『Namyeong-dong1985』 監督: 정지영
2012年 韓国映画 カラー 106分 画面比: 1.2.35

チョン・ジヨン作品映画評

『折れた矢』
http://yohnishi.at.webry.info/201301/article_1.html

『ハリウッド・キッドの生涯』
http://yohnishi.at.webry.info/201209/article_13.html

『南部軍』
http://yohnishi.at.webry.info/200810/article_7.html


「南営洞 1985」 上映会のお知らせ(「南営洞1985」上映実行委員会)
http://www.jeju43.sakura.ne.jp/nam1985/namyeongdong1985japan.html

「「南営洞1985」チョン・ジヨン監督“辛かった…しばらく休みたい”」監督インタビュー(Kstyle 2012.11.9)
http://news.kstyle.com/article.ksn?articleNo=1955721

キム・グンテ (Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%A7%BF%E6%B3%B0 (日本語版)
http://ko.wikipedia.org/wiki/%EA%B9%80%EA%B7%BC%ED%83%9C (韓国語版)

イ・グナン (Wikipedia 韓国語版)
http://ko.wikipedia.org/wiki/%EC%9D%B4%EA%B7%BC%EC%95%88

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『南営洞 1985』 - 2012年公開韓国民主化運動三部作の一つ yohnishi's blog (韓国語 映画他)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる