yohnishi's blog (韓国語 映画他)

アクセスカウンタ

zoom RSS 『折れた矢』 - チョン・ジヨン監督13年ぶり復帰作

<<   作成日時 : 2013/01/01 14:58   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 2 / コメント 0

画像 2012年に公開された、『南部軍』『ホワイト・バッジ』等で知られるチョン・ジヨン監督の最新作。1998年に『カッ』が興業失敗して以来、13年ぶりの本格的長編作品。興行的にも340万人を越える観客動員・ヒットを記録し、チョン・ジヨン監督の復帰を印象づけた。韓国映画界では『依頼人』に引き続く本格的法廷ドラマ映画である。また、アン・ソンギと組んだのは1990年の『南部軍』以来。総予算は5億ウォンという低予算で、アン・ソンギも手弁当で出演というのも話題。本作のヒットは予想外だったという。

 ソウルにある某私立大学数学教授、キム・ギョンホ(アン・ソンギ)は、大学入試の出題ミスを公開すべきだと強く主張し、穏便に済ませたい大学当局と対立。そのため専任職を解任されてしまう。
 キム教授は職位復帰を求めて裁判に訴えるが、裁判所は原告の提訴に対し十分な審理を尽くさないまま、不当にも原告の請求を棄却した。頭にきたキム教授は、裁判の担当判事であるパク・ボンジュ(キム・ウンス)のアパートにボーガン(石弓)を持って行き、パク判事に「不当裁判だったと認めろ」と迫る。その時、キム教授のボーガンから矢が発射され、キム教授は傷害罪で現行犯逮捕され、大学教授が判事を矢で撃ったと、センセーショナルにマスメディアにも広く報道される。
 キム教授の刑事裁判が始まるが、キム教授は裁判長の訴訟指揮および、被害者との和解を進めようとする弁護士の弁護姿勢にも満足せず、あくまでも自分は矢を撃っていないと主張し、弁護士の解任を繰り返しては、裁判を難航させていた。

 そんな中、名ばかり「人権派弁護士」、実は困った労働者を食い物にしているのが実態の、アル中寸前のやる気のない、昌原(慶尚南道)の地方弁護士パク・ジュン(パク・ウォンサン)のもとに、ソウルからわざわざ客が尋ねてくる。それはキム教授夫人(ナ・ヨンヒ)であった。
 彼女は、弁護士の解任を繰り返す夫の命で、人権弁護士として知られるパク・ジュンに弁護の依頼に来たのだ。だが、面倒なことに巻き込まれそうだと感じた彼は、地方弁護士の自分になぜわざわざソウルから依頼に来るのかと、断ってしまう。
 しかし、たまたまソウルの裁判所に来た際に、旧知の新聞記者、チャン・ウンソ(キム・ジホ)に再び夫人を紹介され、懐が貧していたこともあり、仕方なく依頼を受けてしまう。
 パク弁護士は、実際にキム教授に会うと、相当偏屈な人物だった。パク弁護士が、弁護方針を述べようとすると、弁護士は被告の訴訟進行を助けるものだと主張し、自分が方針を決めるから、自分の言うとおりやれと言う。そして、法は美しい、法が我々を助けてくれるはずだと、訳の分からないことを言う。
 実際に裁判が始まると、キム教授の戦いぶりは、全くあっけにとられるものだった。裁判中、六法全書を傍らに置き、刑法、刑事訴訟法の条項を根拠に、徹底的にイ・テウ裁判長(イ・ギョンヨン)の訴訟指揮に抵抗を試みるのだ。だが、彼の抵抗からこの裁判の問題が浮き上がってくる...

 本作品は2007年に実際に起きた成均館大学数学科キム・ミョンホ教授事件をモデルにして製作された映画。この事件は当時大きな話題となり、当事者の主張をきちんと聞かない司法関係者の偽善的な訴訟指揮が、批判の的になったという1)。
 キム教授が、教授職確認訴訟担当のパク・ホンウ部長判事を訪ねたのが2007年1月15日。傷害容疑で、大法院(日本で言う最高裁)第三部が2008年6月12日、キム教授に下した判決は懲役4年の原審判断を維持というものだった。キム教授が被害者を矢で撃ったという事実認定に関しては、「目撃者の陳述、物的証拠等客観的証拠が存在する」そので、その通りと認定した。
 チョン・ジヨン監督が初めてキム前教授に映画化の許可を求めに行ったときは、前教授は議政府の刑務所に収監中だったという2)。この時、キム前教授は、自分は許可を出す立場にない、好きに撮ってくれ、と監督に言ったという。

 この事件はまず同名のノンフィクションとして2009年に刊行され(著者:瑞馨[ソヒョン]、出版社: ヒューマニスト ISBN-13 : 9788990106872)た。それをムン・ソングン(本作では最後に出てくるシン・ジェヨル判事役を演じている)がチョン・ジヨン監督に映画化してはどうかと送ったが、監督は当初、法廷用語が頻出する堅い内容に興味を示さず、つまんないんだけど読んで見ろと脚本担当のハン・ヒョングンに渡したという。彼が読んでみると非常に面白い。そこでハン・ヒョングンが、面白いので読み直してみて下さい、と再び監督に渡し、それで映画化が決まったという3)。
 脚本化は難しくなかったが、資本金もなく、弁護士に相談すると当事者が生きているし面倒になるのではとも忠告されたので、低予算の独立映画として撮ることも考えたが、プロデューサーに相談して、やはり商業映画として撮ろうということになったという。

 内容的には、日本でも最近問題になっているが、法廷が刑事裁判において検察の主張や証拠を重視する一方、被告の主張をきちんとくみ取らないずさんな裁判運用を行っている点を告発する内容。扱っている内容は異なるが韓国で大ヒットし社会現象にもなった『トガニ』とスタンスが似た作品と言える。
 ただ『トガニ』は余りの酷さ、事件の醜悪さにショックで声も出ない、という作品であったのに対し、本作は非常にユーモラス。わざわざ笑いを取ろうとしているコメディ映画でないのは間違いない。しかし、映画の中のキム・ギョンホ教授の法廷における闘いぶり、判事との対決の姿勢、そして法廷側の余りのもずさんな事実認定、裁判指揮ぶりには、我知らず笑いが出てきてしまう。前向きなエンディングも良く、妙に深刻ぶらない作品作りの姿勢は評価できる。
 余りにもユニークなキム教授の法廷の闘いぶりは、フィクションではないかと思わされるが、映画のコメンタリー音声によれば、法廷場面の内容は99%ほぼその通りだそうである。因みにこの映画コメンタリーも、モデルになった当事者であるキム・ミョンホ元教授とパク・フン弁護士(劇中のパク・ジュン弁護士のモデル)が監督と出演者と共にコメントを語るという凄さぶり。

 ストーリーライン自体は、反権力でならしたチョン・ジヨン監督らしいストレートなものとは言え、注目に値する相当ユニークな作品であることは間違いない。

 ただ、日本での一般劇場公開の可能性ということで言えば、いささか苦しいかも知れない。アン・ソンギ、パク・ウォンサン、ムン・ソングンをはじめ芸達者を揃えているものの、いわゆる韓流スターではない。
 それに、映画に描かれていない、キム教授に対する不利な状況としては、事件1週間前にキム教授は1回ほど矢の発射練習をした、事件前に7回ほどパク判事宅周辺を訪ねた、事件時持っていた鞄の中に刺身包丁があった点が指摘されてる1)。そういう意味ではキム前教授には、人を殺す意志はなかったとしても、判事に対する脅迫の意志はあったのは認定されてもやむを得ないところ。今の日本の、「犯人」を弁護すること自体悪と見なされかねない、妙な「正義」感にあふれた今の日本では受け入れられにくい作品かも知れない。

 ともあれ、韓国社会に関心のある方には推薦しておきたい作品。それと、やはり『南部軍』『ハリウッドキッズの生涯』など印象的な作品を作ったチョン・ジヨン監督の韓国映画界復帰(しかもベテランの復帰は非常に困難である)を素直に喜びたい。本作品の公開でこの事件や映画自体についても色々な論争を引き起こしたというが、その点を含めてもチョン・ジヨン監督らしい作品と言えよう。なお、チョン・ジヨン監督は本作のあと『南営洞1985』を撮り、11月に公開し、33万人あまりの観客動員を記録している。
 アン・ソンギの「これが裁判か? 茶番だろ!(이게 재판이야? 개판이지!)」が名セリフ。

 本作の韓国公開は2012.1. 韓国観客動員数は341万6621人(KOBIS 2012年6月下旬データ)。国内では第26回福岡アジア映画祭で上映。

以下、オーディオコメンタリーよりエピソードをランダムに取り上げる。

 本作品を見た法曹関係者からは、法廷場面が非常にリアルだとの高い評価を受けている。審理の様子や、判事、弁護士の表情などがかなりリアルであるそうだ。韓国でも近年、法廷ドラマ映画や法廷シーンが増えているが、実際の法廷では弁護士、原・被告などは自席に着席したまま審理することが多く、このため多くの映画ではコレではドラマにならないと、実際の審理にはない、弁護士が法廷の中央に出てきて主張をするような演出がなされている。本作ではリアルさを重視した演出を行った。

 チャン・ウンソ記者のモデルは、本作の原作ノンフィクションの著者であるルポルタージュ作家ソヒョンと、やはり本件を取材して記事にした別の新聞記者の二人。それを合わせて一人の人物として創作。

 映画内のキム教授が拘置所内で同房の被疑者から暴行を受けるシーンはフィクション。実際は映画に描かれるようなヤクザなどから嫌がらせを受けることはなく、むしろ良くして貰ったという。

 韓国における刑事裁判の90%は自白によってスムーズに終わり、本作のように事実認定について検察と被告で争いになるケースは10%程度。さらに本件のように政治問題になるケースは0.1%ほど。

 キム・ミョンホ教授が、実際にボーガンを持って判事宅を訪ねたのは、検察や裁判所は、組織暴力団の暴力的報復を怖れて、彼らを起訴せずに放置することが多い一方で、自分のようなケースでは、裁判所の権威むき出してきちんと審議しようとしない姿勢に対して抗議の意志を示すために、一種の示威行為として持って行ったのだという(コメンタリー内での本人の弁明)。

 撮影した拘置所のセットは益山にある、廃校となった学校を利用して作られた監獄セット。なお西大門矯導所(刑務所=現監獄博物館となっている)では、映画撮影を受け付けているが、かなり高価な費用が必要だとのこと。

 韓国の刑事裁判では、証拠認定一つとっても本来の手続きをきちんと踏まず、いい加減な証拠採用が横行しており、またそれに対してきちんと反論をしても、ろくに聞かず証拠認定することが多いという。パク・フン弁護士によれば、その原因の一つは裁判官の数が足りなすぎ、非常に多忙になっているためだという。

 自動車の走行シーンは、撮影費用が少ないため実際に走らせて撮影することは出来ず、セットの中に静置した車を揺らしながら撮影し、CGで背景や反射光の流れを合成して撮影した。

 本作では、他の映画のように撮影したけれど使われなかったというシーンが非常に少なく、ラフにつないだ段階で、最終カットより10分長かっただけだったという。

 映画内でパク弁護士にあんま道具でマッサージをしていた奥さんが、あんま道具が女性記者から送られたものだと知って怒り出すシーンは、実際にあったエピソード。また、弁護士の個人宅も、本人宅をかなり忠実にセットに再現したものだという。

 拘置所の特別面会室(キム教授とパク弁護士が打ち合わせをする)や、弁護士事務所などは実際よりかなり見栄えが良くなっている。実際はもっとボロい。

 製作者側としては、今の韓国の法廷がきちんと訴訟手続きに関する法に決められた手続きを守らずに裁判を進行させていることを問題視するが、本作品(およびキム教授)を批判する人は、キム教授がボーガンを持って判事宅を訪ねたこと自体を問題にするという。


1)「映画『折れた矢』実際の事件とどんな差が?」ハンギョレ・ニュース(オンライン版)2012.1.16付(http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/514909.html)[韓国語]参照

2)映画コメンタリー音声より

3)DVD付加映像より。

原題『부러진 화살』英題『Unbowed』監督:정지영
2012年 韓国映画 カラー

DVD(韓国盤)情報
発行・販売: KD Media 画面: NTSC/16:9(1:2.35) 音声:Dolby5.1 韓国語 本編:100 分 リージョン3
字幕: 韓/英(On/Off可) 片面二層 2012年 6月発行 希望価格 W21800

『ハリウッド・キッドの生涯』映画評
http://yohnishi.at.webry.info/201209/article_13.html

『南部軍』映画評
http://yohnishi.at.webry.info/200810/article_7.html

2012年6月 韓国盤DVD化 韓国映画評
http://yohnishi.at.webry.info/201206/article_20.html

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
『南営洞 1985』 - 2012年公開韓国民主化運動三部作の一つ
 2012年に韓国で公開された民主化運動三部作ともいうべき映画群の一翼を担う一本。監督は『南部軍』『ホワイト・バッジ』『折れた矢』などのベテラン、チョン・ジヨン。軍事政権時代の拷問捜査の実態を描いた作品。原作は、韓国の国会議員、保健福祉部長官(日本の厚生労働大臣相当)、開かれたウリ党議長を歴任し、2011年に亡くなった政治家、キム・グンテの手記である「南営洞」。 ...続きを見る
yohnishi's blog (韓国語...
2013/06/04 00:37
チョン・ジヨン監督がプロデュースした『天安艦プロジェクト』
 本作品は2010年3月26日、黄海白&#32718;島付近で韓国海軍の哨戒艦「天安」号が沈没した事件の真相を探ったドキュメンタリー。プロデューサーは、『南部軍』『南営洞1985』『折れた矢』の監督であるチョン・ジヨン。事件後1ヶ月ほど経って韓国政府は北朝鮮による魚雷攻撃によって沈没したと発表したが、その発表に疑問が持たれていた。 ...続きを見る
yohnishi's blog (韓国語...
2014/04/05 07:41

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『折れた矢』 - チョン・ジヨン監督13年ぶり復帰作 yohnishi's blog (韓国語 映画他)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる