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zoom RSS 書籍: フィシュキン『人々の声が響きあうとき』

<<   作成日時 : 2011/08/22 08:52   >>

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 小泉政権以降、日本の政治においてもポピュリズムの問題が論じられるようになっている。総理大臣も世論(調査)の動向をひどく伺うようになり、世論調査が政治に与える弊害も論じられるようになってきている。菅総理も、どうやら小泉スタイルを踏襲しようとしていた節が見られるのだが、空振りに終わってしまったようだ。
 ただ、私などが憂慮するのは、小泉スタイルも、菅スタイルも、方法論上は本質的にはそんなに大きな差があるとは思えない、にもかかわらず、ごく微妙な「空気のぶれ」、あるいは「空気を読む力」によって、大きく世論の反応がぶれてしまうというところに、怖さが感じされる。
 結局小泉政権が打ち出した、無駄な高速道路をつくらせないための道路公団民営化も、ほかならぬ同じ自民党政権の麻生政権による2000円上限制の導入によって、まったくの茶番劇だったことが明らかになったし、郵政の民営化の行方も分からなくなっている。もっとも後者は国民が異なる政権を選択した結果でもあるのだが、しかし自民党政権の民営化反対勢力の早々の復権により、これもやはり茶番劇だったのではないかという疑いを禁じ得ない。

 このようなポピュリズムの進行に伴う問題に応えようとするのが、本書の目的である。

 本書では、現代民主主義(特に世論調査に依存しがちな民主主義)の隘路として次の4点を指摘している。

1: 大衆社会では、市民に情報を積極的に求めさせるのは困難
2: 世間はそもそも世論調査が要求するほどの「意見」を持っていない
3: 政策や政治問題について論じても、似たような人としか論じ合わない
4: 世論は操作されやすい

 したがって、このようなあやふやな世論に乗っかった集計主義的(ポピュリスティック)な民主主義は危険であるが、では皆がじっくり考え議論する熟議民主主義は、集計主義的民主主義の様な多数を参加させることができないというジレンマを抱えている。

 それに対してフィシュキンらはその両者の良い点を合成した討論型世論調査(DP)を提案する。これは無作為抽出で150-300名程度選びだし、彼らをさらに小集団に分けたうえで、様々な情報提供をして議論してもらった後で、世論調査を行って政策決定をする、という試みである。これだと熟議と、より広い人々の意見反映(統計学的な)を両立させることができるのだという。

 DPの通常の選挙と比べたメリットは、自分と異なる意見の人々に接したり、情報不足で判断できなかった問題にも、より十分な情報が与えられ議論をすることで、熟議の機会が与えられる。また無関心な人が棄権することがなく、通常の投票の様に、棄権によって結果的にごく一部の関心の高い人間の意見を歪んで反映することがない、という点である。
 またDPの実験の結果、人々は十分な情報を持ち熟慮して確信を持ったイシューに関してDPの過程を通して意見を変えることはあまりないが、そもそもあまり関心もなく、また情報不足だったり、誤った情報をあらかじめ与えられているほど、DPの過程を通して意見を変更する可能性が高い、ということだ。そして何よりも問題なのは、人々が十分な関心を持っている領域は限られており、多くの政治的争点に関して人々は関心&情報不足だったり、いい加減な情報を信じていることが多いという点である(つまり熟慮を通せば意見を変更する可能性が高いということ)。おそらくポピュリズムまたは世論調査主導の民主主義の最大の問題点はこの後者の問題点であろう。

 そういった意味で本書の提案するDPの試みは非常に興味&意義深い。

 ただ、本書を読んだ上で、依然難点もあると感じた。

 その第1は、統計学を学んだ者にとっては、無作為抽出による150-300名程度の標本がより多くの全体を代表できるという話は、常識である。しかし統計学に疎い人に、このサンプリングが直接投票に代わりうるか、もしくはより良い解決策であるということが、民主主義の手続きとして納得できるだろうか、という懸念である。

 第2は、本書は、人々は関心の薄い問題に関しては多くの場合いい加減な情報を得てそれに基づいて判断しているので、正しい情報を与えたうえで熟議させればより良い結論を導きうると主張している。原則的にはその見解に賛成ではあるけれども、では正しい情報を与えよ、といったときの情報の「正しさ」はどうやって決めうるのか、という点である。
 よりたくさんの情報を与えるのは簡単であるが、特に争点が先鋭化した時は、情報の「正しさ」自体が問題になることも多い。この場合ある人にとっては「正しい」情報として納得されても、別の人には納得されないということが十分ありうる。この解決策はありうるのか、という点である。

 ともあれ、今日のポピュリズムに対して一言ある方には是非一読を勧めたい。

ジェイムズ S. フィシュキン, 2009=2011, 人々の声が響きあうとき - 熟議空間と民主主義, 曽根泰教監修 岩木貴子翻訳, 早川書房
原題: James S. Fishkin, 2009, When the Poeple Speak - Deliberarive Democracy and Public Consultation



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