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zoom RSS 韓国ロマンチックコメディ映画の元祖 『ソウルの休日』

<<   作成日時 : 2011/06/10 19:00   >>

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画像 1956年、朝鮮戦争休戦3年後の韓国映画作品。監督はイ・ヨンミン。やはり韓国映像資料院「50年代ロマンティックコメディ・コレクション」収録の一作。

 産婦人科医師ナム・ヒウォン(ヤン・ミヒ)は、久しぶりの休日に、新聞記者として忙しく過ごす夫、ソン・ジェグァン(ノ・ヌンゴル)と水入らずでデートをしようと計画を立てていた。夫婦が家を出るなり、隣の家の主人から、ジェグァンに電話だと呼び出される。その電話は厚岩洞で起きた殺人事件に関する情報提供電話であり、それを受けたジェグァンは妻との計画を反故にして早速厚岩洞へ急行する。
 一方、チュ先生は妻と休日を水入らずで過ごしたかったが、妻は美容院へ行くと家を出て、その足で、友達とビールパーティーに出かけてしまう。
 そして、実はソン記者が受けた電話は同僚記者が彼に一杯おごらせようとイタズラ電話を掛けたものだった。

 夫に出かけられ、仕方なく一人出かけることにしたヒウォンは出先で夫の同僚に偶然であったあげく、彼らにビールをおごる羽目になってしまう。
 一方、偽の情報に踊らされて厚岩洞に出かけたソン記者は、失恋したあげく精神のバランスを崩した娘に付き合わされる羽目になり、さらにソウルに帰ろうとタクシーを拾うのだが、たまたま厚岩洞殺人事件の真犯人と相乗りする羽目に陥る...

 今で言えば、コメディあり、スリラーあり、カーアクションありの意欲的娯楽作品と言うことになるのだろう。とはいえ、カーアクションにしても、ソウル近郊とは言え未舗装道路が大半の当時の事情ではいかにも牧歌的なテンポにならざるを得ず、また、映画全体にも無声映画時代の弁士で語っていくテンポの影響が見られるためか、全般的には、今のスタンダードからすると余りにも牧歌的すぎるという印象はやむを得ないところだろう。
 なお、登場人物はすべて核家族で、家は西洋風。舅、姑などは全く出てこない。登場人物はアメリカ人の様に楽天的で明るい。そういった意味では、韓国社会の現実を反映しているというよりは(もちろん、ごく一部のブルジョア層はそのような生活を享受できていたかもしれないが)、アメリカ=西洋文化の影響を強く受けている。

 DVD付属解説書(オ・ヨンスク『ロマンスとソウル風俗図: 1950年代ロマンティックコメディ』)によれば、そもそも韓国映画界にこれらの作品以前に、ロマンス(恋愛)映画、コメディ映画は別々に存在していたものの、ロマンチックコメディというジャンルは存在せず、このようなジャンルの作品が成立しえたこと自体が、アメリカ=西洋文化、民主主義思想や女性解放思想の流入による、男女平等概念成立の反映だという。懲悪完全、善悪の二項対立への固執から離れて、女性が自分の意志で自分の生き方を決定していく考え方が出てきてこのような映画が可能になったというのだ。
 なるほど、例えば映画に出てくる隣家のチュ家の夫人は、夫が自分にかまおうとするのを、煩わしく思い、休日には夫を家において、勝手に友達と遊びに行ってしまうし、また自分が夫を煩わしく思う気持ちを隠そうともしない。また、主人公夫婦は妻は産婦人科医、夫は新聞記者と、妻は経済的には夫と対等な立場であり、その延長上に夫に対する不満もぶつけることができる。
 だがそのような家族の在り方は韓国社会に普遍的な姿であったとは思えず、西洋文化の流入を受けたあこがれの姿と考えるべきだ。とはいえ、当時のソウル近郊の模様や当時の中産階層の暮らしぶりなどを見ようという歴史的関心からは興味深く見られるのではないだろうか。とくに南山麓とはいえ、ソウル駅からほど近い厚岩洞が緑の濃い全くの郊外(田舎)という風情であるのは驚かされる。また朝鮮戦争後、わずか三年でこのような娯楽作品が企画製作されていたという事実も韓国映画史的関心からは興味深いところである。現在の基準で判断すると娯楽作として楽しむのにはちょっと辛いものがあり、韓国映画の発達史的関心や当時の風俗に対する関心から見られるべき作品であろう。

 本作品は日本未公開。

 監督のイ・ヨンミン(李庸民)は、1916.11.2ソウル生まれ。日大芸術学部映画学科を卒業後、日本本土の映画会社に入社しドキュメンタリー映画の製作に携わる。当時の同僚の証言では『鳥』というドキュメンタリー作品で日本において何かの賞を取ったことをきっかけに、朝鮮映画製作社に撮影記者として招聘されたようだ。日本支配解放後は朝鮮映画同盟にてドキュメンタリー『済州島風土記』(1946)を撮る。さらに自分自身がシナリオも手がけた短編『牧童と金時計』(1949)を発表。
 その後朝鮮戦争中は国防部で記録映画撮影に従事。そして1956年、朝鮮戦争の一場面を劇映画化した『砲火の中の十字架』で長編劇映画デビュー。当時としては、「戦争映画にも拘わらず最後まで観客を引きつけて興味深く見られる作品」との好評を得た(当時は戦争映画はつまらない映画の代名詞だったようだ)。
 そして長編劇映画第2作が本作。当時としては意欲的かつ斬新な娯楽作として高く評価されたようである。また本作品の影響を受けて一連のロマンティック・コメディがその後陸続と登場することとなった。
 また彼は韓国ホラー映画の開拓者としても知られ、1961年の『悪の花』を皮切りに一連のホラー映画を発表。いずれも外国のホラー映画の影響を受けたものではあったが、特に1965年の『殺人魔』は韓国的な「恨」の情緒を元にしたホラーとして高い評価を受け、これが1967年クォン・チョルフィ監督の有名な『月下の共同墓地』につながっていく。23編の監督作と14編の撮影作を残した彼は、1975年に撮影した『黒鬼』を最後に、なぜか突然行方不明となり、現在は生死自体不明の状態である。(以上DVD付属パンフレットを参考に記述)まさか、シン・サンオク監督の様に北朝鮮に拉致されたのでは...?
 なお、日本国内で彼の作品は『孟進士宅の慶事』がフィルムセンターの韓国映画特集上映(韓国映画--栄光の1960年代)で上映されたことがある。

画像

原題『서울의 휴일』英題『Holiday in Seoul』監督:이용민
1956年 韓国映画 モノクロ

DVD(韓国盤「50年代ロマンティックコメディ・コレクション」)情報
発行: 韓国映像資料院・Blue Kino 販売: トクスン・メディア 画面: NTSC/16:9(1:1.34) 音声: Dolby1 韓国語
本編:91(本作)分 リージョンALL 字幕: 韓/英(On/Off可) 片面一/二層(3枚組) 2010年 7月発行 
希望価格W39000

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