yohnishi's blog (韓国語 映画他)

アクセスカウンタ

zoom RSS 『境界都市』『境界都市2』 - 民主化運動家の韓国帰国騒動を描いたドキュメンタリー映画

<<   作成日時 : 2011/03/11 00:11   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 2 / コメント 0

画像 女性監督、ホン・ヒョンスクによる、民主化運動家で、ドイツ・ミュンスター大学、ソン・ドゥユル教授(社会哲学)の韓国帰国にまつわる事件を描いたドキュメンタリー映画。本作品はいわば、韓国社会の南北分断問題に関する自画像的な位置づけを持った作品だと言えよう。

『境界都市』(2002)
 ドイツ・ミュンスター大学、社会哲学専攻の教授であるソン・ドゥユル(宋斗律)は、1944年日本・東京生まれ。父親、ソン・ケボムはハングルタイプライター開発者として知られ、父の故郷は済州島。韓国に帰国した父に従い、少年時代を光州で過ごす。1967年ソウル大学文理大学哲学科卒業後、ドイツへ留学。フランクフルト学派を代表する社会哲学者、ユルゲン・ハーバーマスに師事し博士号を取得。しかし、彼は、1972年朴正熙大統領による韓国の『維新体制』に反対する在外韓国人による反対運動を組織、このため韓国政府から『親北人士』として入国禁止処分の対象となった。
 このため博士号取得後は、そのままドイツの大学に就職、その後33年以上韓国への帰国が叶わなかった。その一方で1973年以降何度か北朝鮮の招待に応じ、北朝鮮を訪問。このことが韓国内で国家保安法違反に問われることになる。1991年には客員教授として1年間ソウル大学から招かれるものの、反政府活動家として入国は叶わなかった。また父親が危篤になった際も、人道的な立場からの帰国を認めてほしいと韓国政府に要請したもののこれも拒絶された。
 それが、2000年、第5回「ヌッポム(遅い春)統一賞」を受賞することになり、これを契機に帰国に向けて動き始める。本作品はその経過を追っていく。当初は、韓国、北朝鮮両国による南北頂上会談も開かれることになり、今度こそは順調に帰国できるかに見えた。そして飛行機チケットの手配も済ませた。しかしながら、直前になり、当時野党のハンナラ党が、国会にて北朝鮮の大物スパイであるソン・ドゥユルの帰国を認めるのかと追求。事態は急転する。最終的に国家情報院から「遵法誓約書」の提出まで求められるに及んで、ソン教授は最終的に帰国を断念する。

『境界都市2』(2010)
 本作品は前回の帰国騒動から3年後、2003年についに帰国を強行したソン教授の経過とその後を追った作品。
 2003年、民主化運動記念事業会が、ソン・ドゥユル教授を招待して記念行事を企画したのに合わせてソン・ドゥユル教授は逮捕令状が出ているにもかかわらず、ついに帰国強行を決意した。当初3週間の韓国滞在が予定されていた。しかし帰国後10日でソン・ドゥユル教授は、韓国国内で、民主化運動の闘士から北朝鮮の大物スパイの地位に転落した。もちろん、彼も帰国時、国家情報院による事情聴取は覚悟しており、帰国に際して彼の身柄を守るため韓国、ドイツの弁護士も手配していた。
 だが、国会にて前国家情報院長が、北朝鮮から韓国に亡命した北朝鮮主体(チュチェ)思想の理論家として知られたファン・チャンヨプによれば、ソン・ドゥユル教授は、キム・チョルスという名前の北朝鮮労働党政治局中央委員候補で在外大物潜伏スパイと同一人物である、と証言。そして国家情報院ならびに自分はその情報は正しいと信じていると語った。
 さらに、ソン・ドゥユル教授は国情院の事情聴取で、自分はキム・チョルスと同一人物だと認めたと発表されるに至り民主化運動記念事業会をはじめとする、ソン教授支持者の中にも動揺が広がる。そして本作品の撮影を指揮するホン監督自身、動揺するひとりであった。
 ソン・ドゥユル教授と支持者の話し合いの中で、ソン教授の1973年以降、1990年代までの北朝鮮訪問の中で、1990年代に入って突然待遇が良くなったこと、それが北朝鮮労働党入党扱いされた結果である可能性があること、またキム・イルソンの葬儀に招待されたときに、北朝鮮入国後、現地の労働新聞にて自分が「キム・チョルス」として紹介されていたことを知っていたこと、また政治局委員候補になったという事実はなく、自分として北朝鮮の工作員として活動した意図はなかったことなどが確認された。
 事態は深刻になった。ソン・ドゥユル教授を「守り」「支援する」つもりであった、民主運動家たちは、ソン・ドゥユル教授がやはり北朝鮮労働党と関係があり、「キム・チョルス」であることが明らかになることで、ソン教授の存在が、今や、自らの運動の存在自体を危うくしかねなず、運動自体が国民からの批判の対象になりかねないと悟ったのだ。もはや自分の身に降りかかった火の粉を必死に振り払うしかない。
 ソン教授に、「ドイツ国籍放棄」と「韓国国籍選択」、さらに「北朝鮮労働党入党」に対する謝罪と脱退宣言をするよう迫る、「支援者」たち。それに対し、自分たちは「境界人(マージナルマン)」として南北の和解を模索したし、どちらか一方のみを支持するような宣言は出せないと拒むソン教授夫妻。しかし、そのソン夫妻の言葉は、わが国民は在外僑胞の二重国籍問題や徴兵忌避問題で国籍問題に敏感であり、「境界人」なんて受け入れられないと、一部「支援者」からはねつけられてしまう。
 はたしてソン教授の命運はいかに...?

 『境界都市』という題名は元々はソン・ドゥユル教授が在住する、東西を分断する壁があったベルリンの別名。それが、今日でも朝鮮半島の分断の中で苦悩し生きるソン・ドゥユル教授の境遇を象徴する題名として採用されている。
 第1部の『境界都市』は、言わばイントロダクション。ソン教授の今までの来し方の紹介、そして韓国に行くにいけない事情を紹介していく。
 それに対して、当初『境界都市』の後日談として企画された『境界都市2』こそが、結果的に最も問題提起的内容になった。DVD付属パンフレットによれば、元々は『境界都市2』は、ホン・ヒョンスク監督の中央大学大学院先端映像研究科の修了制作作品として企画された。それに忠武路(チュンムロ)の劇映画界で活躍する新進撮影監督、リュ・ジェフン(『10億』)、キム・ジェス(『けんかの技術』)、ホン・ジョンギョン(『このまま死ねない』)が合流し、さらにプロデューサーとして『死んでもいい』のキム・ミョンファが合流してくれたという。大学院生の修了制作作品としては豪華すぎる夢のスタッフ。だがこれがむしろ後日あだになってしまう側面も。そして撮影期間は当初ソン教授の滞韓に合わせて三週間を予定した。だが、これらの予定は、事態の進行の思わぬ展開にことごとく裏切られてしまう。
 結局、撮影日数は3週間どころでは済まなくなり、残されたテープは400巻、そして資料用テープでさえ100巻。この膨大なテープと格闘するには、残された大学院在学期間では到底足りず、また彼女がそのテープを編集するために考えを整理するためにも、より長い時間が必要だった。結局、修了制作作品として完成させることは諦めざるを得なかった。
 しかもホン監督を除くスタッフはドキュメンタリーは初体験。監督の強行軍の指示に不満やストレスも。さらに、スタッフたちは南北を巡る政治論争もよくわからず、ソン教授がスパイだと認定されていく過程で、一体自分たちは何をやっているんだとの自問自答に、迷いにストレス。その一方で、ドキュメンタリー撮影ならではのだいご味を味わうスタッフもいた。
 結局、撮影開始後7年を経てようやく編集が終わり、公開に至った。

 当初はソン教授の韓国訪問を題材にしながらソン教授の人生を主題にしようと企画された作品。しかし、事態の進行とともに、ソン教授自身の人生よりは、「境界人」という異物を、進歩派保守派を通して受け入れられない韓国社会を、そしてなぜ韓国社会が「境界人」を受け入れ不能なのかを、ソン教授の韓国訪問という鏡を通して映し出す映画へと脱皮していった。そしておそらくホン監督が、教授の韓国訪問が、韓国社会を映し出す鏡であったと整理できるまでに7年の歳月が必要だったのだ。
 もちろん、ソン教授が元々はマルキシズムの影響を受けたフランクフルト学派に属する社会哲学者であり、その観点から、社会主義を標榜していた北朝鮮に親近感を感じていたということは否定できないだろう。それと同時に、名目上はともかく、北朝鮮がはたして実質的に社会主義を実践していたのか、むしろ社会主義を標榜しながらも、実態は前近代的封建王政であって、人民を搾取しているのであり、ソン教授はそのことに気付いていたのか、という批判もありうるだろう。
 ただ、北朝鮮が誤っていようが誤っていなかろうが、おそらくそういう部分とは関係なく、ソン教授は自らを「境界人」として規定し、南北両者の和解を仲介する仲介者たらんと欲していたのだ。しかしながら南韓社会は、保守派、進歩派も含めて彼にどちらか一方の立場に立つように、さらに彼に「境界人」からの「転向」を要求し、決して「境界人」という存在を、言葉上の存在を超えて理解することはできなかった(撮影当時のホン監督を含めて)。
 その事情は、ソン・ドゥユル教授が実際に何をやっていたかにかかわらず、彼に「キム・チョルス」という仮名を与えて在外工作員と位置付けていた北朝鮮社会もおそらく同じだったはずだ。
 「境界人」という存在を理解できない、存在を許さない、それこそが南北を通じた「分断イデオロギー」であり、ホン監督の言う「レッド・コンプレックス」であって、その点が、「それなりに民主化を達成した」と自負する韓国の進歩派さえ、自らそれにとらわれていることを自覚できないほど、依然深刻な病として韓国社会を冒し続けている... それこそが本作品の伝えたいメッセージであろう。
 その一方で、韓国メディアや社会さんざん大騒ぎした挙句、本事件の拍子抜けするようなあっけない幕切れは(でも、考えてみると極めて当然かつまっとうな結論)、韓国の高等法院、大法院の健全さを示すものであり(日本ではほとんどありえないような決断だ)、韓国社会の理性の行く末に、一抹の希望の光を灯すものでもある。
 韓国の法システムが、日本に先駆けて刑事捜査段階の全面可視化に踏み切ったことも含めて、今後日本社会が参考にし、見習っていくべき点を多く持っている証言記録としても本作品は貴重である。韓国の「Cine21」が今年(2010年)見るべき映画ベスト5に本作を選出した(http://www.cine21.com/Article/article_view.php?mm=005001002&article_id=64351)のも当然。娯楽作品では全くないが、韓国社会に関心のある多くの人に見ていただきたい。

 なお、ソン・ドゥユル教授はこの騒動後のドイツ帰国後、一度も韓国を訪れていない。

『境界都市』は、韓国内、日本国内とも劇場未公開。今回のDVD出版が事実上の韓国内封切りに相当する。
『境界都市2』は、韓国では2010年3月19日封切り。全国観客動員数は、KOFICデータによれば、9186名。韓国独立映画協会「今年の独立映画」賞、ソウル独立映画祭最優秀賞、DZM国際ドキュメンタリー映画祭観客賞、プサン国際映画祭配給支援ファンド賞、香港国際映画祭人道ドキュメンタリー賞受賞。国内未公開。

 監督のホン・ヒョンスクは1962年ソウル生まれ。梨花女子大視聴覚教育科卒。ドキュメンタリー作家として活動開始後、中央大学大学院先端映像科修了。1987年からソウル映像集団にて仕事をしながら『54日、その夏の記録』(1993)などの労働運動を扱ったドキュメンタリーを作る。1995年、地元の小さな学校を守ろうと運動した農村コミュニティーを描いたドキュメンタリー『杜密里(トゥミルリ)、新しい学校が開校した』(1995)で第1回ソウルドキュメンタリー映像祭にて最優秀作品賞。さらに『辺境から中心へ』(1997)でベルリン国際映画祭、アムステルダム国際映画祭等から招待を受ける。日本の在日韓国人少年が通名を捨て本名で暮らすことを宣言するまでを追った『本名宣言』(1998)ではプサン国際映画祭最優秀韓国ドキュメンタリー賞受賞。以上Cine21データベースを参考に執筆。

『境界都市』
原題『경계도시』英題『The Border City』監督:홍형숙
2002年 韓国映画 カラー

『境界都市2』
原題『경계도시2』英題『The Border City 2』監督:홍형숙
2009年 韓国映画 カラー

DVD(韓国盤)情報
発行販売: DS MEDIA 画面: NTSC/4:3(1:1.33) 音声: Dolby2 韓国語 本編:79/104分
リージョンALL 字幕: 韓/英(On/Off可) 片面二層(2枚組) 2010年 12月発行 希望価格W42000

ソン・ドゥユル(Wikipedia)
(英語版) http://en.wikipedia.org/wiki/Song_Du-yul
(韓国語版) http://ko.wikipedia.org/wiki/%EC%86%A1%EB%91%90%EC%9C%A8

『境界都市2』公式サイト(韓国語)
http://blog.naver.com/bordercity2

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
『両江道の子供たち』 - 脱北者監督による北朝鮮児童の生活リアリティ!
 脱北者であるチョン・ソンサン監督による、北朝鮮の子供たちの生活リアリティを描いた、他に類を見ない映画作品。韓国では本作がろくに省みられぬままおざなりに公開され、たいした興行成績も残せずに消えてしまったが、幸いDVDが刊行された。  なお、クレジットではキム・ソンフン監督との共同監督作品とされているが、Cine21の記事によると1)、キム・ソンフン監督は主にポストプロダクションのみの関与だという。脚本はチョン・ソンサンとキム・ドンヒョン。 ...続きを見る
yohnishi's blog (韓国語...
2012/04/25 06:28
『冬の蝶』 - 北朝鮮であった凄惨な事件をもとに映画化
 北朝鮮、黄海道で実際にあったという極めて悲劇的かつ凄惨な事件を映画化した作品。監督は脱北者だというキム・ギュミン。 ...続きを見る
yohnishi's blog (韓国語...
2012/05/17 21:07

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
『境界都市』『境界都市2』 - 民主化運動家の韓国帰国騒動を描いたドキュメンタリー映画 yohnishi's blog (韓国語 映画他)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる