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zoom RSS 一ノ瀬俊也, 2010, 「故郷はなぜ兵士を殺したか」角川選書

<<   作成日時 : 2011/01/29 12:59   >>

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 「郷土」はどのように聖戦に関わったかという画期的な視点から、市井の人々と戦争の関わりを読み解いた労作。
 個人的には吉田弦二郎の日本初の反戦小説といわれる原作小説を映画化した増村保造の『清作の妻』に描かれた、村の共同体が兵士を死に追いやる描写にショックを受けていたことから、本書を手に取ってみた。

 彼の主な主張を本書から拾ってみると、地域社会は多様な方法で出征兵士の苦難、あるいは死を顕彰しようとしたが(たとえば慰問状など)、それが却って、兵士を死に追いやる(慫慂する)集団脅迫状の役割を果たしたり、却って戦意を喪失させる役割を果たした場合もあった(同じ村の○○は戦死した。おまえも戦死してこい、というような)。また日清、日露の戦死者は、大正時代になると一旦忘れ去られたが、大正末期から昭和初期に掛けて、大正デモクラシー運動に反発するような形で、戦死者の意味の「再創造」がおこなわれたこと。その裏には在郷軍人会の、自分たちが軽視され、忘れ去られようとしているという、その怒りが大正の平和運動への反発とない交ぜになって発露されたこと。また郷土は、日清、日露の戦死者の意味、特に日中戦争における戦死者の意味づけに失敗し、悩んだこと。
 戦死者の遺族に対する慰問や扶助は行われたももの、当局は遺族が、それらを権利として捉えることを忌避もしくは回避しようとした。そして「靖国の妻」「誉れの妻」などと遺家族を褒め称える言葉は、彼らに権利意識を持たせることを防止するとともに、彼らの行動を社会的に監視する意味合いを持っていた。
 紋切り型の慰問文や慰問行為を「郷土」におこなわせることは、従来の研究では無意味とされてきたが、特に、戦争目的が明確でない満州事変/日中戦争において(中国人のために出兵する、と言いながら中国人を殺しに行く)、慰問文を書かせたりすることを通じて、満州事変や日中戦争の、不明確な意味づけを、人々の間に定着させる役割を果たした。

 『清作の妻』における、「郷土」による兵士に対する死の強要は非常にショッキングな描写であるけれども、本書を読む限り(少なくとも満州事変、日中戦争以降に関しては)、やはりかなりリアルな描写であったことは否定できないようだ。このあたりは実際に戦争を経験した増村保造のリアリズム、もしくは原作、吉田弦二郎の、当時の世相に対する鋭い観察力のたまものであったと言えるのかもしれない。


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