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zoom RSS フランスドキュメンタリー映画『憎しみを越えて』

<<   作成日時 : 2008/10/19 00:28   >>

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 2002年フランス、ランス(パリより西に100km程離れた都市)の公園で一人の青年がスキンヘッドの若者たちにリンチされた上に池に投げ込まれて殺された。殺された青年、フランソワ・シュヌーはゲイであり、スキンヘッドたちはアラブ人狩りに来て、アラブ人を発見できずいらついていたところ、たまたま通りがかり、ゲイであった彼に襲いかかったのだ。
 その2年後からこのドキュメンタリー映画は始まる。この映画は残された父母、妹ら遺族たちが、裁判の過程を通じて犯人たちと向き合った記録である。犯人のスキンヘッドたちはいずれもかなり酷い境遇のなかに育ったことが明らかになる。親がアルコール中毒だったり、離婚したり、碌な家庭教育を受けられずに育ってきた。彼らの親のうちただ一人だけインタビューに応じているが、本人はアル中でもうどうしたらいいか分からないという様子。
 遺族たちは酷い衝撃を受けながらも、裁判の過程を通じて、闇雲に罰や復讐を求めていくのではなく、彼らの贖罪の気持ちが芽生え、罪を償おうとする様子を、極力冷静に見守るよう努力しようとする。しかしそれは簡単なことではない。公判に出ては、時に彼らは反省の態度が足りないのではないか、と疑い、怒りの感情に襲われ、にもかかわらず、彼らが立ち直っていく努力をするであろうという可能性に何とか賭けようとする。そして判決後(15〜20年程度の懲役刑)、彼らの更正を見守っていく旨、彼らに向けて手紙をしたためるシュヌー夫妻。

 怒りの感情に任せることを良しとせず、赦しを実践しようとする夫妻の努力も感動的ではあるが、一番感じたことは、被告の弁護士の役割の大きさ。弁護士が遺族と被告とのコミュニケーションの仲介に重要な役割を果たしている。例えば遺族が公判で、被告たちは自分から反省の弁を述べるのではなく、促されてやっと反省の弁を述べた。それは心から反省しているのではなく、誘導されてそう言っただけなのではないのか、と疑いをぶつけると、弁護士が、いやそうではない。前に接見した時に彼は心から反省をしている様子だった、ただ改めて気がついた事の重大さに、彼はどう言ったらよいのか言葉を失っているからこそ、ああいう態度を取ったのだ、と説明するなど、赦しと和解のプロセスに積極的に関与しているように見える。
 翻って日本の裁判はどうなのだろう。光市母子殺人事件の裁判での騒動も記憶に新しいが、日本ではそのような役割を弁護士が果たしていないのではないか。あるいは果たそうとしても制度的に無理なのか。いよいよ裁判員制度が始まるが、日本でもこの作品が紹介され、日本の裁判を考える上で一石を投じることを望みたいと思う。

原題『Au delà de la haine』英題『Beyond Hatred』監督:Olivier Meyrou
2005年 フランス映画

DVD(US版)情報
販売: First Run Features 画面: NTSC/4:3(LB 1:1.66) 音声: Dolby2 仏語 本編: 85分
リージョンALL 字幕: 英語(ハードサブ) 片面一層 2008年5月発行 希望価格$24.95


Beyond Hatred (Ws Sub)
First Run Features
2008-05-20

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